男女の別が不明な場合、主語が単数でも人称代名詞 they を使うという苦肉の策を以前に紹介しましたが、小説を読んでいたら、それと同類の例が出てきました。
作品はジョン・アップダイク(John Updike)の1960年の作品"Rabbit, Run"(邦訳「走れウサギ」)。
高校時代にバスケットでチョイとならし(だから、「走る」のは道ではなく、コートね)、190センチの巨体のてっぺんにウサギを思わせる顔を乗せた、ハリー・アングストロームが主人公です。
田舎の高校の名選手なんて、一般社会という広い視野に立てば、実にチッポケな栄光でしかない。でも、いくらささやかであっても、スポーツ選手は米社会ではヒーローであり、本人にしてみれば決定的に重要な、キラキラする過去を持つウサギなのであった。ああ、だがしかし、26歳になった今は、妊婦なのに酒びたりの妻と幼い息子を抱え、野菜の皮むき器の実演販売が仕事という、「なんでこうなる?」という思いで胸が詰まる毎日です。
実際は、「なんでこうなる?」も何もなく、バスケット以外に能のない青年がたどる道としては、それほど意外なことでもないのだけれど、26歳でその事実を静かに受け入れ、心穏やかに生きてゆける人がいたら、お目にかかりたいもんです。エンマ・ボヴァリーと同じように、ウサギも「人生って、こんなものじゃないはずだ」という焦燥感を抱くわけですが、ウサギの場合、過去の栄光という実体験の裏打ちもある。
そんなこんなで、ウサギはある日、衝動的に蒸発を試みる。南へ行こうと車を走らせているうちに夜になり、方角がわからなくなり、立ち寄ったガソリンスタンドの親父に「まっすぐ行くと、どこに出るの?」なんて尋ねているうちに、どこへ行きたいのかわかっていないことを見透かされ、
'The only way to get somewhere, you know, is to figure out where you're going before you go there.'
(どこかにたどり着こうと思ったら、そもそも行く前に、どこに行くのか決めなきゃだめだろうが。)
と、説教じみたことを言われてしまいます。その親父が酒臭かったもんだから、腹立ちまぎれに、ウサギはこんなことを思う。
Everybody who tells you how to act has whisky(*注) on their breadth.
(人にああしろこうしろと説教するヤツはみんな息がウイスキー臭いんだ。)
下線を引いたところに注目してください。everybody は単数扱いなのだけれど、男女の別はありません。そこで、それを受ける所有格の人称代名詞が their になるというわけ。
ただ、everybodyの場合は、代名詞が複数になっても、それほど違和感がないのだそうです。以前、英語が第一言語の翻訳者が説明していたのですが、everybodyという言葉を聞いて、1人の人間を思い浮かべることはないというのですね。確かに「1人1人だれでも」という意味なので単数だけれど、実質は不特定多数なのだ、と。
ところで、アップダイクの作品では、なんといっても、"Rabbit, Run"、"Rabbit Redux"、"Rabbit is Rich"、"Rabbit at Rest"と続く「ウサギ」四部作が圧倒的に有名で、1冊にまとめた1500ページを超える本(Rabbit Angstrom: The Four Novels)も出版されています。
10年ごとに書かれているので、ウサギはその間の米社会の変遷に連れて浮いたり沈んだり。バスケットなら、コートの上なら、自分自身もコーチも仲間も信じられた。でも、一人前の人生が始まるのは、コートを離れてから。そこでは確かなものは何もない。妻をはじめとする女性たちとの関係も、面倒な事情に追い詰められるたびに性欲が高まり(生物としては理解できるね)、そのせいで余計に事をややこしくしてしまうという次第で、ひたすら疲れるばかり。息子がこれまた問題で。
そんな内容で、米国人であれば、この40年間の自分の人生と重ね合わせて感慨にふけることができるのでしょう。それに、子供たちに「愛」だの「正義」だの「夢」だのという、口先だけのおためごかしを、イヤというほど呑み込ませ、いざ社会に出ると、そこにあるのは幻滅だけという、現代米社会の批評にもなっているし、米国でのアップダイクの評価はすごく高いようです。
残念ながら、米国で長く暮らした経験のない私の場合、その辺の感慨がわいてこないし、社会に対する憤りも、日本社会とは違うので、ピンとこない。それに、男性でもないから、特に性的な部分など、ウサギと自分の人生を重ねようとしても、無理な部分があります。
それよりも、私としては、この作家がメチャクチャ文章がうまいというところに一票入れますね。「ウサギ」シリーズは、米社会の多数派である(少なくともウサギが書かれた時点では多数派だった)白人中産階級の平凡な人間の平凡な半生を描いているわけで、そこに不満、不安(アングストロームという姓の前半分angstは、不安や怒りを連想させる)、焦燥といった人間の真実があるとしても、じゃあ、それを読みたいか?と問われれば、「あんまり~」という答えが多いのではないでしょうか。ここはひとつ、文章力で読者を引っ張ってゆくしかない。
個性的な文章なんですよ。体言止めみたいなことをやったりね。Rabbit, Runの冒頭はこうです。
Boys are playing basketball around a telephone pole with a backboard bolted to it. Legs, shouts.
(バックボードを取り付けた電柱の周りで、少年たちがバスケットをしている。脚、叫び声。)
文章がうまいから、短編もいいんですよ。ウサギが有名すぎて短編があまり読まれないのが残念。
*注-whiskyでは綴りが違うじゃないかと思ったら、これも正しいのでした。スコッチウイスキーではwhiskyと綴り、アイリッシュウイスキーではwhiskeyと綴るのだそうです。
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