アニマルプロテクション里親募集

アニマルプロテクションからお預かりしている保護犬の紹介記事をご覧になる方は、保護犬一時預かりのカテゴリーへどうぞ。今いるのはブルドッグのいちご。アニプロ里親募集の1476番です。よろしく!

39. セスペデス誕生記念式典

またアドリアーナと一緒にタクシーで戻り、町外れで下ろしてもらって、ちょっと散歩。

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広い公園があって、これは人口の池でしょうか。大人も子どもも、勝手に入って、ボチャボチャ泳いでいました。

セスペデス公園まで数キロ、延々と歩いて戻ったら、今日もヤギがセッセと労働。いや、ヤギというよりも、頑張って引っ張るのはオジサンの方なんだけどさ。

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それにしても、この町は、家族で住むには本当にいいところだなあと、つくづく思います。若い人にとっては限りなく退屈なところだなあとも、つくづく思いますが。でも、キューバでは、都会に行きたいと思っても、受け入れ先の組織が決まっていないと、許可されないと思うので、動くのは大変なのではないかな。

4月18日(月)

この日は午後に列車に乗りたかったので、その前に「独立の父」セスペデスの生家の記念館を見学しようと思って、受付に行ったら、たまたまセスペデスの誕生日で記念式典があるので、午前中は休館だそうで。

それは残念と思ったら、受付にいた女性が、「式典は前の公園だから、ちょっと待てば見られますよ」と。おお。ラッキーではないですか。

やがて、いかにもキューバらしく、集まった町の人たちと記念館の職員がバラバラバラと周りに立って、な~んとなく、式典が始まります。

女性のヒールがスゴくないか?足が細いから、怪我しないかと、なんだか心配になってしまうね。

このように、厳かに献花が行われまして、その後、何人か表彰される人がいて、みんなパチパチ。それから、共産党のお偉いさん(たぶんこの地区の役員だと思う)が演説。お偉いさんといっても、チェックのシャツを着た痩せぎすの中年男性で、それほど偉そうには見えないのですが、演説を始めた途端、目つきが鋭くなり、滑舌が良く、口調はあくまでも熱く、さすがでした。

さて、面白かったのはこの後。白い制服の職員たちに混じってチビで小太りの中年男性がベンチに座っていて、何をする人なのかなあと思っていたら、演説の後に、おもむろに立ち上がり、マイクを握ったと思ったら、

やっぱりねえ。キューバでは、録音した歌を流すなんてことは、あり得ないのであった。必ず、音楽供給係の生身の人間が用意されているわけですね。

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献花されたセスペデスの像。

38. 山中の革命軍司令部

4月17日(日)

朝7時出発。前日に宿のおじさんが手配してくれたタクシーで、政府軍と革命軍が戦っていた時代の革命軍司令部に行きます。

だれかとシェアできれば安くなるのになあと思っていたら、運良く同乗者がいました。30代前半ぐらいのオランダ人女性。お名前はアドリアーナ。キャノンEOSのすんごい高級カメラを持っていて、16歳の頃から写真が趣味なのだそうです。連射のスピードがすごい。

司令部(コマンダンシア・デ・ラ・プラータ)はキューバ有数の観光地としてすっかり定着しており、ルートについて調べる必要もありませんでした。トゥルキーノという山を中心とする国立公園の中にあるので、タクシーで公園入り口まで行きます。

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そこで国立公園の入園料を払い、すでにガイドがいるツアー客ではなく、個人で来た私たちのような入園者はガイド料も払います。ガイド料はお弁当料金込み。英語ができるガイドは少ないと思うので、スペイン語がわからないと、ちょっと大変かも。アドリアーナは中南米でのボランティア経験があって、スペイン語は問題なし。

この入口からは急坂が続くので、四輪駆動車で登山口まで行きます。

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トゥルキーノ山。旅行計画を立てたときに、登山もちょっと考えたのですが、特に面白い登山でもなさそうなので、やめました。

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ここから先は日本の低山ハイキングみたいな登山道になります。

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右に行くと司令部。左に行くと登山。ちょうどフランスからのツアー客と一緒になり、フランス語ができるガイドがついていました。アドリアーナはその人たちがなんとなくイヤみたいで、「一緒に歩きたくない」と言うので、さりげな~く離れる感じで歩く。

日本での低山ハイキングとそっくりな山道で、慣れた人ならどうということもないのですが、トレッキングや登山の経験が全くない人は、たぶん息が切れると思うよ。アドリアーナも「私、山は苦手なの~」なんて言うのですが、そこは若さで乗り切り、なんとか頑張ります。

そもそも革命軍の皆さんは重い武器を背負って、ここを上り下りしたんだから。こんな感じだったらしい。

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途中できれいなさえずりも聞こえます。サパタ国立公園のバードウォッチングで見たキューバの国鳥でした。

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フランス人ツアーの構成は10人ぐらいで、若い人もいれば中高年もいて、若い人たちは遅れがちな中高年たちを置いて、どんどん先へ行ってしまう。そのうち、1人の中高年男性が完全にヘバッてしまい、ガイドさんはその人についていなければならない状況になってしまいました。私が連絡係になって、先にいる若い人たちに追いついて状況を説明し、司令部で待っているように伝えましたが、私はフランス語ができないから、アセアセで英語とスペイン語で話して、なんとかわかってもらえてよかった。

アタフタしているフランス語のガイドさんと私を見て、アドリアーナは眉をひそめて、「なによ、あのオジサン。普通、歩けなくなったら、他の人に迷惑になるから、あきらめて戻るわよね~」なんて言う。

でもまあ、そんなこんなしているうちに到着。当時は斜面に点々と本部、医療部、放送局などの小屋が建っていたのだそうです。政府軍に見つかったときに一網打尽にならないよう、寝る場所は離してある。これはカストロが寝ていた小屋。(撮り忘れたので、ネットで見つけた写真。)

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当時となるべく変えないように維持しているようです。当時はこんな風。

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小屋は急斜面に建っています。

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そばには戦闘中に命を落とした革命軍兵士の墓。

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この司令部にあったものはほとんどハバナの革命博物館に展示されているのですが、ここにも少しだけ残っています。

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こんな手書きの地図とか。

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撮影機。カストロは宣伝やプロパガンダを重視していたので、ほとんど登山のような進軍でも、記録を残すための機材は必須だったのだ。

ここでの説明で、私たちのガイドさんは、フランス人たちにスペイン語で説明しなければならないから、身振り手振りで大変。ご苦労さまでした。

人間ジュークボックス タカパーチさん

毎年恒例、武蔵野公園はらっぱ祭り。今年も友人の店の後片付け要員として、ちょこっとだけ参加してまいりました。

今年のハイライトはこれ!

すご~く怪しげな箱がポツンと立っております。人間ジュークBOX?なんでしょ、これ?

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お客さんが200円入れると・・・ジャジャーン!・・・という感じではなく。ゴソゴソ。バタッ。おもむろ~という感じで、

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こんな方が登場されて、お客さんからリクエストをきいて・・

いい感じでしょ。ウヒャヒャヒャ、パチパチパチ。

私は知らなかったけれど、大道芸の世界では有名な方なのだそうです。こちらに出演スケジュールがあるので、お近くにお越しの際は、ぜひ。

マカロンのその後

マカロンがその後、どうなったかというと、

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蓋の部分と下の部分をパカッと分けまして、それぞれにムートンを敷き、

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こんな感じでお使いいただいております。

爺さん猫はどうも屋根付きのマカロンの中に入ることに抵抗があるらしく、こういうことになりました。

37. Bayamo 続き

バジャモはなにやら不気味なほど清潔な町なのであった。

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これは車の乗り入れ禁止の目抜き通りで、オブジェが並んでいます。道に全くゴミが落ちていない。わが家の床よりきれいだ。

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人通りはけっこうあるんだけど。

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ショッピング街に並ぶような高級品の店舗の場合、ほぼ全店で CUC と CUP の両方を利用できるようでした。これはキッチン用品店の価格表。食器用洗剤が日本円にすると100円ぐらいだから、やはりちょっと高いのかなあ。

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歩道の脇にこんなものが。Jorge(ホルヘ)という名前の犬を記念した石碑・・なのかな?El Flaco というのは「痩せっぽち」という意味で、スリムな男性によくつけられるニックネームです。タイキを亡くしたばかりだったから、ちょっとグッときてしまいました。

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広い車道の脇にはこんな巨大な看板。「祖国か死か」(国を守れなければ死を選ぶという意味でしょう)「我らは勝利するぞ!」

すでにご紹介したように、なにしろキューバ国歌で高らかに賛美されてしまうような町なので、あくまでもこの調子なのであった。

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国歌に歌われるだけでなく、キューバの独立宣言を起草したセスペデスもバジャモ近郊の出身です。ここは彼を記念した公園。

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公園の中では、幼児用の馬車・・じゃないな、ヤギ車。ヤギってそんなに力があるのかなあと思ったら、ヤギだけでなく、ヤギ引きのオジサン自身が、けっこう頑張って引っ張っているようでした。

猫に友愛を期待したのが間違い

これ、なんでしょ?

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ふわふわの亀の甲羅みたいですが、「ニャンともマカロン」という名前がついています。こんな風に使う。

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2匹入れますという謳い文句にひかれて、普通サイズではなく、「ニャンともおおきなマカロン」というダブルサイズのを購入したのですが・・・。

残念ながら、最初に入った黒猫2号が真ん中から動こうとせず、爺さん猫を絶対に入れない。この決意に満ちた表情を見よ。死守!って感じ。

爺さん用に普通サイズのを買い足さないとダメか・・・。もっと寒くなったら、背に腹は代えられないということで、抱き合って寝たくなるから、様子を見ようか・・・。

36. バジャモ(Bayamo)

4月16日(土)

なんだかカマグエイが気に入ってしまい、名残惜しかったのだけれど、次の目的地ではキューバ革命当時のゲリラ軍本拠地訪問という、今回の旅行では珍しく「名所旧跡」の観光をする予定があるので、出発です。

例によって Viazul 長距離バスに乗ったら、途中の休憩でオーストラリア人の女性と話がはずみまして。はずんだのは良いことで、オーストラリアを旅行するときのコツを教えてもらったりしたのですが、話はやがて彼女が男運の悪さを嘆く方向へと向かい・・・。

いろいろ聞いてみると、早い話が、男運もへったくれもないのだ。彼女自身に常に不安があり、だれかにつかまっていないと生きてゆけない。で、勢い、「つかまる男なら、より好みしない」になりがちで、当然、男のレベルは下がる。しかも、しがみつかれた男は、たまったもんじゃないので、いずれは逃げてゆく、と。ま、聞くだけだから、いいんだけど。本人にとって重大であることは十分理解できるしね。

でも、「もう、男にはコリゴリ。今は1人で自由にやってるの」と言うので、「こんな遠い国を1人で旅行できるんだから、立派じゃない」と、ちょっとお世辞ぎみのことを言ったら、実は、次の目的地で元カレ(!)と合流して、これから2週間、2人で旅行するのだという。

「よりを戻すとか、そういうこと?」
「その人、ドラッグの問題があって、あんまりいい別れ方しなかったんだけど、今はクリーン(ドラッグをやっていないという意味)だって言うし・・」
「あんた!それ、信じるの?!!!」
「完全に信じてはいないけど・・・チャンスをあげてもいいじゃない?」

こりゃ、ダメだ。

そうしているうちにバジャモ到着。

バジャモは観光客にとってはゲリラ基地観光の最寄り町として知られていますが、キューバ国民にとっては、とても聞き慣れた名前なのです。なぜかというと、キューバ国歌の出だしが、

Al combate, corred, bayameses バジャモの人々よ、戦いに走れ!

という勇ましい文句なので。1868年にスペイン軍と戦ったバジャモ市民を讃えて作られた歌が、キューバ国歌になったのだそうです。

ここでも Lonely Planet の掲示板で勧められた宿に、輪タク(自転車タクシー。bici-taxi)で向かいました。輪タクのおっさん、「いくら?」って聞いたら、指を3本立てたのに、口から出たのは「4 CUC」。嘘だろ~。指、指、と抗議しましたが、結局、けっこう遠かったので、しかたなく4 CUC払った。敗北。

真ん中の緑の家です。

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元々、この家のお母さんが采配を振るっていたのですが、数年前に他界され、今は夫と娘が経営している。私が滞在したときは娘さんはおらず、あまり愛想は良くないが、きちんと世話をしてくれるお父さんだけで、雇われた女性が調理や清掃をしていました。

室内装飾はお母さんの趣味をそのまま引き継いだと思われ、

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室内はこんなガラクタ・・なんて言っちゃいけない。可愛いもの満載です。

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ベッドやカーテンも、パステル調、可愛い~調なの。

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これはすぐそばの教会。この鐘の音がデカくてデカくて、まいりました。夜中でも鳴ることがある。

食事の量がすごすぎる。朝食でもこんな感じ。ひょっとして、ヨーロッパやカナダから来る身長180センチの若い男を基準にしてないか?

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夕食

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いくら私でも、これを完食するのは無理だった。「残しちゃって、ごめんなさ~い」って感じ。

35. トイレの壁画

宿の経営者が外壁の心配をしていましたが、街歩きをしていて、彼の心配が納得できました。

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こんな風にすっかり修復が完成したところもあれば、

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もうちょっとのところで、修復計画が中断してしまったとおぼしき場所もあるわけ。

状況は公共建築物も似たり寄ったりで、ここは Casa de la Diversidad(カサ・デ・ラ・ディベルシダド)という、昔の貴族の館だった美術館です。

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イスラム風の建築様式を取り入れた個性的な外観。青と白のコントラストが美しい。中に入ると、

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壁の修復は終わったようですが、調度品は未完成で、家具が雑然と置かれていたり、工具が散らばっていたりする。ミーティングでもあったのか、プラスチックの椅子が重ねられていたりして。

あまり見るものもなく、外観を見るだけでよかったあ~入館料払って損した~とブツブツ言いながらトイレに入ってビックリ!

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未修復ですが、この壁画!女子トイレに・・・・・。

なにせトイレだもんで、ほかの部分はいかにもトイレという白タイルで、なんだか銭湯の湯船の絵みたいよ。

かくのごとく、Aの次はBに進む、あるべき場所にあるべき物を配置する、というようにきちんと物事が運ばない国で、国民の皆さんはヤキモキと諦めが相半ばする状態ではないかと思います。が、しかし、旅行者はいい気なもので、ガッカリもある代わりに思いがけず楽しいこともあるなあ、というわけ。

その一例。道を歩いていたら、

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建物の角に標識のようなものが。近寄ってみると、

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通りの名前を記した標識に、その名前の由来である神父さんの肖像を掲げていたのでした。

どの通りにもこのように飾りがあれば、町の宣伝にもなると思うのだけれどなあ。日本の地方都市なら、あっという間に町中にトンカントンカン標識を打ち付けて、行政主導で「ストリート名スタンプラリー!さあ、どこにあるか、探してみよう!」なんて企画しそうだよね。

これも思いつきで終わってしまったのか、それとも、いつになるかはわからないが計画は続いているのか・・・。

34. マンゴーおいしかった

町と墓地の途中に Mercado Agropecuario(農産物市場)があります。政府の売り場と生産者直営の売り場の両方があり、前者は「安かろう悪かろう」、後者は「ハイクオリティだが高価」。

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入り口に案内板があって便利。農産物市場という名前ですが、それ以外にもオモチャとか日用品の売り場も少しある。

左上20番の CIMEX は革命軍事省傘下の機関で、正式名称は Comercio Interior, Mercado Exterior(国内商業、外国市場)。国内の民営事業と輸出入を監督すると同時に、独自に銀行や企業数十社を経営しています。

経産省的な役目や国営企業経営が革命軍事省という名称の機関の傘下にあるというのは不思議ですが、キューバの政府機関については不明なことが多く、国民への説明はありません。生産者たちは、とにかく「お上の申し渡し」に従いつつ、隠れて稼げるところでは稼ぎ、というようなことをして、「お上」の方はチョコマカした違反には目をつぶる、ということみたい。

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肉屋さん。

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果物を売っていました。パイナップルをきれいに並べて見栄え良くしているのが、いかにも民営の店です。政府の店ではこんなことしない。

道路沿いの民家に大きなマンゴーの木があり、たくさん実がなっていたので、写真を撮っていたら・・

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その家から若い女性が戸口に現れたので、「いっぱいなってるから、すごいなーと思って」と言ったら、家の中からマンゴーを1個持ってきて、差し出すのです。

実際、マンゴーはいくらでもあるし、どの宿でも毎朝、皿に山盛りになって出てくるほどで、安い果物の代表なのでしょう。日本で言えば、柿の木になった実を通りかかった人にあげるという感覚だと思う。でも、私の頭の中には、日本でのマンゴーの高級果実としての「地位」がこびりついていて、どうしても払拭できない!

「いやいや、それは申し訳ないから」と言って、小銭を渡そうとしたら、彼女は「えっ!これにお金を払うの?」とビックリ。そのやり取りを聞きつけて、お母さん登場。私が「少しだけど、お支払いしたい」と説明したら、お母さん、奥に引っ込んで、出てきたその手には、きれいに洗った、ひときわ大きなマンゴーが2個。

「うわ~。ありがとうございます!」とお礼を言って、お母さんと握手。取引成立。

宿に戻って、いただきました。

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33. ここでも墓地見学

4月15日(金)

カマグエイの墓地も観光スポットとして有名とのこと。宿から2キロ以上離れているので、タクシーで行ってもいいけれど、べつに急ぐわけではないし・・なんて考え始めて、結局はいつも通り、歩くことになるのであった。

町外れの墓地に向けて歩いてゆくと、郊外へ続く大通りの沿道が公共交通機関の停留所になっていました。

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これ、単に camion(カミオン。トラックという意味)と呼ばれているようですが、本体がトラックなだけで、座席を据え付けた箱を荷台に載せた、本質的にはバスです。

こんな交通機関も。

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客待ち中。ここは馬車停ということになるのかな。カミオンは長距離用、馬車は近距離用に利用するのだと思います。

さて、墓地に到着。ハバナの墓地ほど立派な門はありませんが、一つひとつの墓が個性的な美術品です。

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こんな可愛いのもありました。

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この家の飼い犬がモデルでしょうか。墓守をさせる犬にしては、あまりに頼りなくて、牙をむき出して悪人や悪霊を追い払うというよりも、今は亡き飼い主たちに寄り添い、思い出を守っているという風情です。

左の墓標の方、ミゲル・イグナシオ・マリン・レシオさんは生年1938年、没年2012年。キューバの激動の歴史を生きた一生ですよね。幼児の頃は第ニ次大戦。十代はキューバ革命。カストロ政権下の共産主義時代を経て、50代に「特別な時代」を経験。大きく揺れ動く政治社会情勢をどうやって乗り切ったのでしょうか。こんな立派な墓を建立できるだけの経済力がある一族であることは確かですが。

でも、社会はどうであれ、右の墓碑銘には「お父さん、あなたの子どもたち、孫たち、妻は、いつも愛情を込めてあなたのことを思い出します」とあり、いい人生だったように思います。というか、いい人生であってほしい。

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