ユカタン+キューバ旅行2016

16. ガタイがいい!

オンボロタクシーでヒヤヒヤしながら、なんとか宿までたどり着き、ヤレヤレだったのですが、それどころか、どうも私は運転手のおじさんが気に入ってしまったんだか魔が差したんだか、キューバ滞在最終日の空港までのタクシーも、おじさんにお願いしてしまったのだ。う~ん、自分でも不思議だ。

宿はこれまたオンボロなビルの3階で、イタリア人男性とキューバ人女性の30代~40代ぐらいのご夫婦が経営する民宿(カサ・パティクラール)。民宿とは言っても、自宅ではありません。自宅は別にあり、2LDKのアパートを借りて、宿として経営している。えっ?社会主義国で宿を「経営」なんかしていいの?と、首をかしげたあなた、鋭い!

キューバという国の地理や歴史についてはこちらの説明を見ていただくとして、個人旅行者にとり重要なのは、何と言っても「カネ」。つまり経済面の基礎知識です。

キューバは米国からの経済制裁に加え、1990年代のソ連邦崩壊で経済的な支えを失うという大打撃を受け、その後10年以上にわたるいわゆる「特別な時代」に突入し、キューバ国民は窮乏生活を余儀なくされました。それを皆さん、耐え忍んだわけですが、いくらなんでもまずいだろうということで、一党独裁の社会主義国家ではありますが、一般国民の外貨所有・使用許可、一部市場経済導入(農業組合で作物を市場で売るとか、自営業を営むとかね)、不動産の所有・売買の許可など、少しずつ経済改革が進んでいます。

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というわけで、カサ・パティクラールは政府公認の民宿(上の写真にあるのが公認宿のマーク)で、だいたい1泊20~40ペソ(20~40米ドル)ぐらい。

キューバのお金については説明が必要です。ちょっと驚きなんですが、キューバでは2種類の通貨が使われています。われわれ外国人旅行者が主に使うのはCuban Convertible Peso(キューバ兌換ペソ)。頭文字を取ってCUC(クック)と呼ばれ、ドルと等価です。一般キューバ国民が使うのはCuban Peso(CUP)。で、こちらはCUCの25分の1の価値しかない。

ここんとこ、しみじみお考えいただきたい。「そんなこと、どうして可能なんだ!」とビックリしませんか?25倍ですよ。ビックリですよね。しかも上記のように、外貨の使用が認められているので、外国人だけでなく、普通の国民も両方を使っているわけ。ですから、たとえばこの民宿やタクシーのように、CUCで料金を受け取る人たちと、以前と変わらず公務員として勤務し、CUPで給与を受け取る人たちとでは(人数としては、いまだにこちらの方が多い)、収入にとてつもない差がついてしまうのだ。CUCで稼ぐ人たちも政府にかなりの割合を収めているとは思いますが、それでも、相当の差があると想像されます。ですから、いまだに公務員が多いとしても、たとえば教師をやめて民宿を経営、というような人が増えています。それに、本来の仕事よりも、こっそりやっている副業の方が稼ぎが多い、という人も、かな~り、いると見たね。政府はこの異常事態を早く是正して、格差を縮めないとね。国民はジリジリしているぞ。

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これがその2種類のお金。上がCUPの硬貨とお札。下がCUCの硬貨とお札。現物のお金自体、CUPは安っぽい。CUCのお札はカラー印刷だもんね。紙の質も違う。CUPはふにゃふにゃ。CUCはパリッとしてるよ。

われわれ外国人旅行者は、宿泊、長距離バス、タクシー、外食など、ほぼ100%近く、CUCを使います。屋台でアイスクリームを買うときなんかはCUPですけどね。

さて、午前中に着いたので、さっそく街に出ました。で、まず気づいたこと。

道を行く皆さんのガタイがいい!

いや、つまりね。数十年間の窮乏生活で、食糧不足もあったというので、皆さん、体型はどうなのかなあと思ったわけよ。そうしたらね。

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この写真のお二人。20代かな?30代かな?ぐらいで、「特別な時代」に子供時代を送ったとおぼしき年齢層です。すご~く大雑把ですが、こういう体型が普通。立派な体格でしょ?横幅が広いんだけど、ブヨブヨ太っている人は皆無。男女を問わず、肉が詰まっていて、バーン!としてる。窮乏生活といっても、しっかり食べてはいたのではないかと。


15. キューバ入り!

財布を取りにメリダまで戻ったせいで、カンクンに着いたのは夜。カンクン自体には全く興味はなかったけれど、予定では夕方に着いて旨いものでも食べるか、ぐらいの期待はあったのよ。だけど、知らない街を夜にフラフラするのはいやだったので、カンクンは素通りで、予約してあった空港近くのホテルまでタクシーで行ってしまいました。

これ、ちょっと失敗だった。早朝便に乗るから近くのホテルに泊まる、という目的だけで選ばれる安ホテルだから、快適に過ごせるような設備って、ほとんどないわけさ。トイレにトイレットペーパーがなくて(そのこと自体、信じられないけど)、フロントに要求しても、「すぐに持ってゆきま~す」という返事だけで、持って来ない。3回要求して、やっと持ってきた。ホテル内のレストランは7時までしか営業していないから、向かいのファーストフード店で寂しい食事。

こんなわけで、チチェン・イツァは大混雑で期待はずれ、財布を忘れてメリダまで取りに戻り、一日中バスで行ったり来たり、ホテルはバツじるし(予約した旅行サイトに怒りのレビューを送ったぞ!)という、ひどい1日でありました。はああああ。

4月7日(木)

いくらひどい一日でも、私の場合、やっぱり爆睡してしまうね。目覚めはスッキリ。さあっ!さあさあさあ。今日はいよいよキューバへ移動だ。ってなわけで、朝7時発の飛行機に乗るために薄暗いうちに出発。

あ、文句の言い続けついでに、もう1件。カンクンはタクシーがボッタクリ。バスターミナルにもホテルにも同じ料金表が置いてあり、A地区からB地区まではいくらと設定してあるのだけれど、これが高いのなんのって。いわゆる「山の頂上の自販機」みたいなもので、観光客用に設定してあるみたい。

航空会社は今回も評判の良いインタージェットだったので、何も問題なく、予定通りにハバナに到着。日本でビザ取得済みだったから心配はなかったけれど、いちおう社会主義国ということで、やや緊張したかもなあ。でも、普通の入国管理とぜんぜん違いなし。

両替して、タクシーに乗る・・・のはいいんだが、この車、ホントに動くのか?という代物。驚かないでくださいね。ラーダです。ソ連製。車体が全体的に、その、なんというか、曲がっている・・。色は、元は緑でしたか?という案配。

でも、運転手のおじさんが、ちょっと情けないヘニョヘニョとした笑みを浮かべつつ、「お願いだから乗って」というので、情にほだされるみたいな気分になって乗ってしまいました。

「どこから来たの?」とかいう定番のやり取りがあった後、

「キューバは好き?」
「なんつー質問なんですか、それ。まだキューバに30分しかいないんだよ。でも、この30分は、いい感じだね」

おじさん、ウワハハハ!ちょっと嬉しそう。

その後、おじさん、調子づいたようで、道々観光案内(?)をしてくれます。大学、病院、役所、公園・・。どこもきちんとしていて、道路を走る車の運転も地道だし(そもそも乱暴な運転が不可能な車が多いのかも?)、途上国という雰囲気はあまりありませんね。

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この有名な内務省ビルの横も通りました。。車を止める気はなかったから、これはネットにあった写真ですが。左はゲバラ。右はシエンフエゴスという革命家。

ここの横を通過したときに、ゲバラの方に書いてある Hasta la Victoria Siempre. (勝利まで永遠に)という言葉を声に出して読んだら、なんとおじさん、右手を振り上げてガッツポーズです。

う~ん。キューバに来たんだなあ。

14. 大混雑のチチェン・イツァ

4月6日(水)

一人旅は気楽でいいんだけど、時間に遅れないとか場所を間違えないとか、頼れるのは自分しかいないので、ちょっと勘違いしたりすると、もうアウトです。だから、行程が予定通りに進行しなければ、アッサリ諦めることにしているんですけどね。今回、メリダからバスでカンクンまで行く途中でチチェン・イツァという有名な遺跡に立ち寄ることにしていたのですが、そこで(というかその前に)大ポカをやってしまいました。

たいして何もせず、ブラブラしていただけなのに、セノーテで泳いで疲れたのか、ちょっと寝坊して、バスに乗ったのは8時。2時間ぐらい乗って、もう少しで到着というところで、なにげなく荷物の整理をしていて、気づいた。ありゃ、カード類を入れた財布がない!クレジットカード全部、それに入ってる・・・。宿を出てから荷物をほどいていないので、どう考えても、宿に置き忘れた。あ、そうか。部屋を出る直前にザックの中身を詰め直した。あの時だ。

バスを降りて戻っても良かったけど、もうチチェン・イツァに着きそうなので、とりあえず見物してから戻りましょうかということに。

でも、こういう時に、遺跡見物どころじゃないよなあ・・・と思案しながらチチェン・イツァに着いたら、これがもう、たまげたのなんの!大型観光バスが次々と到着し、それぞれのバスから30人とか40人とか、人の群れがブワアッと吐き出される。

ある程度、予想はしていたので、午前中に着くようにしたのだけれど、それでも甘かった。いや、これはもうダメ。来るんじゃなかった。以前に訪れたマチュピチュもそうでしたが、考古学に関心がない者にとり(関心があれば、自分の目で細かい部分を確認するという楽しみがあると思う)、遺跡見物の楽しみは当時を彷彿とさせる雰囲気なので、大観光地というのはどうしても、興ざめになりがちなのよね。

というわけで、おそらくユカタン半島で最も有名な観光地を、しかも高い入場料を払って、なんとなんと、走るように見て回ってしまったのでした。

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いちおう有名な建築物は見たと思うのですが、まったく記憶にない。こうして写真で見ると、たいして混んでいないように見えますが、これは人がいないところを選んで撮影したわけで。それに、話し声とか音楽とか、うるさいし。

いや、とにかく財布を取りに戻りましょうと駐車場に出て、スマホで宿に電話したら、すぐにわかり、確かに財布をフロントで預かっているとのこと。「Gmailのアドレスにメール送ったよ」と言われてチェックしたら、チェックアウト後の掃除で見つけたと説明がありました。

ああああとため息をつきつつ、それでも信頼できる宿に泊まって良かったとホッとしつつ、またバスに乗って2時間かけてメリダまで戻り、財布を無事に受け取り、今度は4時間かけてカンクンへ。なんだかず~っとバスに乗り続けたような1日でありました。まあ、旅行していれば、こういうこともあります。

あ、そうだ。カンクンまでのバスですごいことがあったのだ。

高速バスなので、停留所は少ないのだけれど、ある比較的大きな町でとまったときに、乗客がぞろぞろ降り、新たな乗客が乗ってきて、さあ出発かなと思ったら、乗ってきた女性がキャッ!と叫び声を上げた。縦も横も大きな人で、ドタドタと運転手のところに駆け寄り、大声で「ちょっと見なさいよ!」と、憤然とした口調で抗議です。

前の方の席だったので、通路に顔を突き出して見てみたら、ちょうどプ~ンと臭いもしてきて。ありゃりゃ。どうやら、前にそこに座っていた子連れの乗客が、降りる直前に、子どもにそこでウンチをさせてしまったらしい。

私と同じように、乗客はみんな首を伸ばし、口々に「うひゃー」なんて言うもんだから、車内騒然。

外の切符売り場にいた係員が新聞紙とバケツとモップを持って乗り込んできて、せっせと掃除です。でも、けっこう時間がかかり、乗客は遅れについてもブーブー。いやー、ビックリした~。

13. セノーテで泳ぐ

4月5日(火)
Dzibilchaltun というメリダ郊外の遺跡を訪ねることにしたのですが、この Dzibilchaltun が問題で。Dzi って、どう読むの?スペイン語学習には出て来なかったぞ。バスかタクシーに乗るときに、どこに行きたいか、ある程度わかるように言えないとね。

で、そちら方面に向かうバスが発着する通りで、交通整理をしていた男性にたずねたら、スィビルチャルトゥンだそうで。いや、私の耳にはそう聞こえたというだけで、ひょっとすると違うかもしれません。最初のスィは舌を噛むのかも?と、まったく自信なく、それでも、その男性や途中の店の人にききながら、まずはバスを探す。

でも、これがもう、全然わかんない!普通に人で混み合う普通の通りに、次々とバスが来て停車し、乗客が乗り込みますが、停留所はなし。バスの行き先表示は、当然、終点しか書いてない。そんな通りが並行して2本ある。その2本の通りを何度も往復しているうちに、最初たずねた男性のところにまた戻ってしまい、「あんた、まだ探してんのか!」と、なぜか、おっさんは私を怒る。でも、あらためてしっかり教えてくれました。

どうやらここらしいというところを見つけ、バスを待つ人たちにきいたら、そちらの方面に行くバスは本数が少ないらしい。そこで結局はタクシーにしました。最初からそうしておけばよかったんだよなあ。

この遺跡は紀元前からスペインによる侵略までの長い歴史があり、その間、ここでは集落というか都市というか、そんなものが拡大縮小を繰り返してきたとか。そのため、こんな

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古代住居跡みたいな部分もあれば、

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こんな後代の、すでに立派な建築物もあります。太陽の運行を見て、絶好の機会をとらえれば、中央の戸口の向こう側からこちら側まで、太陽光線がピカーッと貫通する光景を見られるとのこと。(クリックすると拡大写真)

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これは植民地時代の教会跡。半野外なのね。

さて、今日はカンカン照りで、遺跡見学でフラフラですが、でも、心配はいらないのだ!すぐに体を冷やせます。なぜかというと、遺跡の一部にこんなものが。

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池じゃないんですよ、これ。セノーテといいます。スキューバダイビングをする人ならご存知ではないかな。石灰地層が陥没してできた穴に地下水が溜まったもので、地表ではこんな風に池にしか見えませんが、実は井戸のような形をしたものなのです。とても深いので、スキューバで潜るわけ。この写真の正面あたりが穴になってたんだったかな?

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溜まり水ではないので、水がきれいで、ほぼ透明です。この写真、普通のカメラで周囲の岩の上から撮ったんですよ。

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魚も泳いでいます。服の下に水着を着て行ったので、着替える必要もなく、服を脱いでボッチャン。スノーケルで水中を見たり、ほんの2メートルぐらいだけ潜ってみたりしました。

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ご家族連れなども来ていて、みんなで楽しくボチャボチャ。

遺跡とセノーテで一日のんびりして、帰りは急ぐ必要もないし、なかなか来ないバスを辛抱強く待って、メリダまでご帰還。早めの夕食は可愛いレストランで。

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モーレというチョコレートを入れたソースで下が見えませんが、これはエンチラーダ。ココナッツがかかっています。エンチラーダにチョコレートと聞くと、ちょっとビックリですが、これが旨い。

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お勘定ね~と言ったら、お店の人と一緒に、なぜかウサギ登場。食材ではない・・と思うよ。





12.メリダ

最初の印象通り、メリダは居心地のいい町でした。人口80万人というので、かなりの規模の都市であり、実際、商店街は人でごった返し、グズる子どもを親が引きずり、屋台から肉を焼く臭いが立ち上り、女の子たちはピチピチジーンズという喧騒の巷。でも、そこを過ぎれば・・

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気品ある古都の雰囲気を満喫できます。大聖堂は中南米の都市では定番ですが、

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こういうゆっくりできる広場があるのがうれしいのだ。のんびりした南国ムード。

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そして、賑やかな通りを抜ければ、こんな町並み。カンペチェではいかにも観光用でしたが、ここでは普通の店舗やアパートで、日常生活に溶け込んでいます。さらに、ある教会を囲む壁には

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キャワイイ~!と、おばさん、思わずハシャイでしまいました。monja は尼さんという意味です。通称 Las Monjas という教会なんですね。

とはいえ、やはり植民地だったという過去の苦い味は、あちらこちらに残っています。当時の貴族の屋敷内を保存した博物館の外壁には・・

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直立した騎士2人は侵略者のスペイン人。騎士が踏みつけているのは先住民の頭。いまだにマヤ系の人たちが恵まれない立場にいることを考えれば、昔のことと片付けられないというか・・・。

そうそう。この博物館の中で、失敗してしまったのだ。私のすぐ後に、小学校低学年の子たちが社会科見学でぞろぞろとやって来たのです。普段そんなことしないのに、なぜか、その集団にカメラを向けてしまったのですよ。すかさず、引率の先生に、「これこれ、やめなさい!」と厳しく注意されてしまいました。失礼いたしました!

メリダは(というか、メキシコ全体がそうなのだけれど)食べ物も旨い!ここは安くてボリュームがあるマヤ伝統料理の人気店、La Chaya Maya。

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メインは鶏肉を玉ねぎやアチョーテと一緒に炒めたものをバナナの葉にくるんで蒸した料理。マヤの料理は一般のメキシコ料理ほど辛くない・・と思うけどな。

左上の緑の飲み物は、チャヤ(店名の Chaya はこれのこと)という葉のドリンク。チャヤは学名 Cnidoscolus aconitifolius。トウダイグサ科の灌木で、葉を食用にします。いかにも「葉っぱ」という青臭い味ですが、気分がスッキリするね。

そしてそして、宿も良かった。Luz en Yucatan (ユカタンの光?)という、ロンリープラネットでもトリップアドバイザーでも好評の中級(6000円ぐらい)宿です。

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いい感じでしょ?突き当りのドアから出ると、小さいプールがあります。部屋はやたら広くて、大きなベッドが2つ。バスルームは広くてピカピカ。wifi 完備。上の写真のようにロビーも広々しているので、そこでゆっくりしてもよし。宿の人たちは、とっても気さくで親切よ。

ただし、人気の宿で、しかも部屋数が少ないので、予約は必須かと思われます。ウェブサイトから簡単に予約できますよ(英語版あり)。「自分は成功者だと思いますか?」なんていう質問があって、「すんごく」、「まあまあ」、「ぜんぜん」のどれかを選ぶようになっています。どれかを選ぶと、それに合う値段の部屋が紹介されるという案配になっている。私は「まあまあ」にしたので、だだっ広い部屋になったのか?

 





11. ウシュマル遺跡

4月4日(月)

田舎町サンタエレナ(失礼!)で思いがけず居心地の良い宿に泊まり、生演奏付きのレストランでマヤの伝統料理(野菜が多くて健康的です)に舌鼓を打ち、ゆっくりできました。

翌朝は小雨が降ったりやんだりで、ちょっと残念。バスで30分もかからないウシュマルの遺跡へ。詳しい説明はこちらでどうぞ。(2種類の料金を払います。国立人類学歴史学研究所の料金65ペソとユカタン州に払う料金148ペソ)

評判にたがわず、ここは良かった。カラクムルでは深い密林に埋もれた古代都市の壮大さに圧倒されたわけですが、いかんせん、まだ発掘が少ししか進んでいない。

それに比べ、ウシュマルはすっかり発掘され、建物の壁面に浮彫りされた装飾も細かい部分までクッキリと見えます。それに、なんといっても、建物自体が美しいのよ。

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ピラミッド。「魔法使いのピラミッド」と呼ばれているのかな。あ、大きさがわかるように、人が入っている写真も。

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こんな感じ。

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当時(700~1100年)、何に使われていたのかは不明ですが、何か公の施設だったようです。

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ここは後にスペイン人が「尼僧院」というあだ名を付け、今もそう呼ばれていますが、もちろんそんなものではなく、住居跡とのこと。都市全体では2万5000人ぐらいの人口があり、その中の支配者層がここで毎日暮らしていたのですね。壁はくまなく装飾されています。インドの遺跡を思い出してしまった。

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壁面の装飾。すばらしいです。

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シンボル?かな?ちょっとカワイイね。

ほとんど観光客もおらず、いや~これはいい、なんて悦に入っていたのですが、バスまで時間があるから、敷地内のレストランに入ったら、軽食をとった(野菜炒めみたいなの)だけなのに、218ペソ!(1300円ぐらい)やはり観光地なのだ。

そぼ降る小雨の中、道路脇で12時のバスを待っていたら、なかなか来ない。結局、バスが来たのは1時ちょっと前でした。

次の目的地メリダまで、たしか2時間ぐらいだったと思います。夕方になる前に着いたから。バスが市街地に入ったときから、「あ、いい町だな」と感じました。発着所を出て、タクシーを探している間、道行く人たちの生き生きしつつものんびりした表情を見て、ますますその実感が強くなる。そういう感じって、わかるんだよねえ。




10.ようやく気づいた事実

4月3日(日)←この日付に注目

おとぎの国のようなカンペチェからさらに北上を続け、ウシュマルというマヤ遺跡へ向かいます。ウシュマルは中南米遺跡の専門家の間では建築物の美しさが絶賛され、遺跡にぜ~んぜん詳しくないバックパッカーの間では「雰囲気あるうう」ということで、とっても人気があって、メキシコのマヤ文明遺跡でどこか一つと聞かれたら、やっぱりウシュマル!と勧められることが多い遺跡です。

しかし!その近くの宿へ向かうバスで問題勃発。

メインの高速バス路線ではなく、普通のバス路線なので、ネットで時刻表を調べたり予約したりできず、午前中にバス発着所まで行って、お昼頃のバスの切符を買っておいたのでした。で、発車時刻の少し前に余裕綽々で行ったら、ありゃりゃ~。もう出てしまっていた!

えっ、なんで?とわからないまま、窓口の人に、「じゃ、次のバスの切符を・・」と言ったら、「もう窓口での販売は閉めたから、そこにいる男性から買って」とのこと。

そこにいる男性っていうのは、60歳ぐらいのおっさんで、昔懐かしい停留所の番号が書かれた紙の切符にハサミで穴をパチンとあけて、売ってくれました。このおっさんに前のバスを逃した理由がわからんと言ったら、なんだか嬉しそうに、

「自分の時計を見てみな。何時だ?」
「えっ。12時ちょっと過ぎだけど・・」

おっさん、妙に得意げに自分の腕時計を見せる。あっ!1時過ぎだ!

「あんた、ここんとこ旅行してただろ。今日は何日だ?」
「あっそっかー。4月で夏時間になったんだ!ぜんぜん考えてなかったよ!」

と叫んだら、おじさんと一緒に、まわりでバスを待っていた人たちも大笑い。

でも、ふと壁にかかっていた時計を見たら、それもまだ変えてないのであった。それを指差して、

「ほら、ほら。見て見て!時間を変えるのを忘れたのは私だけじゃないよ!」と訴えたら、それでまた全員、大笑い。

次のバスに乗れたので、バス代を損しただけで済み、まあ、いいかな。

5時間後、もう暗くなってから、遺跡に近いサンタ・エレナという町に到着。インドのオートリクシャみたいな原付きタクシーがちょうど通りかかったので、それを呼び止めたら、若いお母さんと息子らしい先客が乗っていて、あら、いいのかしら?

でも、運転手のお兄さんは「ダイジョブだよ。本当はもう仕事は終わりで、友だちを家まで送っていくところなんだ」と。女性と男の子もニコニコして、乗って乗って、という感じ。

運転手さんに「へ~、日本人なの?スペイン語うまいね。でも、マヤ語はできる?」と言われ、「いやー、マヤ語は全然。あなたはマヤ語もできるの?」と答えたら、彼はそもそもマヤ人なのでした。小学校に入るまで、スペイン語はあまり話せなかったそうで。

10分ぐらいで到着。ちょっと面白いなと思って、ネットで予約した宿。

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その名もThe Pickled Onion「酢漬けの玉ねぎ」。経営者の女性が英国人で、Pickleとかいう名字なのでした。

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庭がとてもきれいで、部屋もステキ。こんな田舎なのに、金庫まで備え付けてありました。レストランもあり、というより、町では宿よりもレストランとして知られているみたい。料理はおいしいし、それに、こんな音楽付きなのであった。

9.日曜日のカンペチェ

4月3日(日)
カンペチェはカンペチェ州の州都で交通の要所でもあり、忙しい現代都市なのですが、むしろ海辺の観光地として有名です。旧市街地が歴史的な城塞都市として世界遺産に指定され、その部分はこんな形状。

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スペインの植民地だった16世紀に作られた港町で、海賊などの外敵から市街地を防衛するための壁で囲まれていました。今は壁のつなぎ目にあたる塔と壁の一部が残され、道には石畳が敷き詰められています。

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大聖堂。(クリックすると拡大)

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昔は壁の外は野原だか畑だか、そんなものだったのだと想像されますが、今はメキシコの普通の地方都市で、アスファルトの車道をブンブン車が走り、ゴミが散乱する商店街に小さい店がゴチャゴチャ並んでいるわけで、このおとぎ話に出てくるような旧市街地は、いわば観光用のテーマパークです。

そんなわけで、なんだか人工的でつまらんなあ、と。ところが、この日がたまたま日曜日だったということで、ラッキーなことに、なかなか興味深い光景を目撃することになりました。


海辺の教会の日曜礼拝。神父さんのお説教の前に、3~4人の楽団が演奏するポップス調の賛美歌が流れ、中には踊る人もいて。動画がブレブレですが、勘弁してください。あからさまに撮影するのは失礼な気がして、カメラを隠し持って撮ったので。

マヤ文明の博物館(これは良かった。40ペソ)を見た後、お昼ごはんに入ったレストランが素敵でした。

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頼んだ料理の前にコーヒーと、こんな容器が運ばれてきました。これは何かな?

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パンがさめないようにするための容器でした。料理はトウモロコシの皮で包み焼きした魚。タラのような白身でした。けっこうなお味。ただ、やはりメキシコなので、魚にかけるソースは激辛。この後、プリンもついて115ペソ(700円)+チップ20ペソ。

流しのデュオが演奏中で、何曲か演奏した後、お客さんの間を回り、おひねりをもらったりします(私もちょっと渡した)。隣の席にいたご夫婦の会話がチョコッと耳に入り、どうやらご主人が奥様に1曲おごることになったようです。奥様がミュージシャンにリクエストしていました。




8.カンペチェへ

あっ、そうそう。忘れていた。ユカタン半島でのルートはこんな感じです。メキシコシティから右下の Chetumal まで飛んだ後、バスで西(左)へ進み、今いるのはCalakmul。これから北上して海辺の街、Campeche(カンペチェ)へ向かいます。

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さて、帰りは同じタクシーで幹線道路まで。運転手さんによれば、3時と5時にカンペチェまでの長距離バスが来るとのこと。もう2時で、腹減ったー。昨日の食堂の向かいの店を試してみることに。

そこで会ったのが、米国人の30代男女カップル。自転車でツーリング中。1日100キロぐらい走行するんだって!

ウィスコンシン州とオレゴン州という長距離恋愛。その理由というのは、彼女の方が一生の決断!という意気込みで、医師の道を選んだからなのです。6月から医科大学で学ぶということで、引っ越したんだね。

「もう歳だから、不安でたまらないんだけど・・」という彼女に、「なに言ってんの!30代なんて、まだ人生半ばにも達してない!やりたいことがあったら、やらなきゃ。私なんか60だけど、まだこうやって、フラフラ一人でバックパッカーやってんだから。行きたいところがまだいっぱいあるんだよ!」と、大演説してしまいました。

思い返すと、ガラにもなく説教して、ああ~恥ずかしい。赤面。でも、旅行に出ると、必ず一度はこういう若者と出会うなあ。そして、ああ、必ず、恥ずかしながら、同じことを叫んでしまうのであった。その後は必ず、「ガラにもなく・・」と反省。

食事を終えて、じゃあねえーと出発した2人。

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自転車のツーリングって、こういう風な装備なのね。へえーなんて思いつつ、手を振っていたら、あれ?私が向かう方向のバスが来ている!え?まだ時間じゃないのに。

ん???と首をかしげつつ(ここで、ある事実に気づかなければいけなかったのだわ。残念な人であるそのままは、全く気づかず)、とにかく、3時のバスは逃してしまったらしく、この後、さらに2時間待って、5時のバスに乗車。

途中で乗り込んできた女の子の売り子さんから夕食代わりにタマーレスを買う。3本10ペソ。甘くてうまーい。やっぱり、こういう安っぽい味のタマーレスが好き。

10時過ぎにカンペチェ着。土曜日だったせいか、バス発着所の周辺は、まだまだ人が大勢いたので、例の電子書籍リーダーKOBOに入れてあった地図を見せて、町の中心までの行き方をご教授願いました。

暗くてよくわからなかったのですが、町の中心に世界遺産にも登録された古都を遺しているので、ある境界を越えたら、周辺の普通のメキシコの町から、急に石畳のオシャレっぽい町並みになり、ビックリ。

お目当ての宿は1軒目はいっぱい。2軒目の少し高めのホテルで部屋がとれました。シャワー浴びたり、軽くご飯食べたりしているうちに、もう真夜中を回ったはず。それなのに、ホテルの中庭は、まだまだ帰らんぞー!まだまだ呑むぞー!という人たちで、ざわめいているのであった。

さて、翌朝。外に出ると・・・

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ありゃまっ!こんな・・・ヘンゼルとグレーテル?お菓子の家?みたいな町だったのだ。


7. カラクムル遺跡

4月2日(土)

かまどの炭火で沸かしたお湯でコーヒーをいれてくれて、自然保護区の説明を始めるご夫婦に、「もう7時になるからタクシーが」と言って腕時計を見せると、お父さんがスマホを差し出す。あれ?まだ6時・・???

このあたりはメキシコシティと1時間の時差があるんだって!知らなかった。確かにメキシコは広い国なので、時間帯がいくつかあっても不思議はないね。「お客さんには必ず時差のことを伝えるように息子に言ってあるのに」と、口をへの字にするお父さん。

この一件が象徴していることですが、昨日の息子は単にテントとトイレの使い方を教えて料金(290ペソ:1700円)を徴収するだけで、単なる使い走りの使用人のような態度。カラクムルの自然と遺跡を守りたいというご両親の切なる思いは、息子には通じていないと見た。

さて、タクシー(往復800ペソ:遺跡見学中は待っていてくれます)が来て、遺跡まではここからさらに63キロあるのです。これほどの規模で世界遺産にも登録されたのに、来訪者が少ないというのは、このアクセスの悪さが原因なのだろうな。ツアーなら自前の車があるから、もっと簡単に来られますが、時間がかかるのは同じ。

遺跡に到着・・・と言っても、入り口近くに遺跡の中で公開中の部分の地図があるのだけれど、この部分のみが開けているのでして、周囲は完全に森です。

遺跡の説明はこちらでどうぞ。Wikiの解説にあるように、なにしろ総面積30平方キロの大都市で、古代マヤ文明ということで1500年もの時が経過し、発掘はまだあまり進んでいないとか。すでに発掘・修復が終わり、公開されているのはごく一部ですが、それでもざっと見るだけで半日かかりますね。

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この内部には道が敷設されているので迷いませんが、変な冒険心を起こして道からそれてはダメですよ。もう、ホントに、密林ですから。

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かつての目抜き通り?両側に建物が並んでいたはず。

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建物に続く階段。各建造物のそばには石碑がたっています。

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メキシコの遺跡で観光客が多いところは建造物に上れないのですが、ここは訪れる人が少なくて許可されているので、そうと聞けば、やっぱり上ってみないと!

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というわけで、ここ。石段の一段ずつが高い部分があるので、ちょっと体力が必要です。でも、頂上まで登りきれば・・

密林を一望!気持ちいい~!風の音がすごい。

ご覧の通り、まるっきりのジャングルです。でも、1500年前はどうだったんだろう。周囲の半径数キロが市街地で、商店や住まいが並び、その外側が農地だったのかな?この最上階から為政者は下々の民衆を見下ろし、「民のかまどは にぎはひにけり」なんてご満悦だったのかな?

Ruins1609203

この建物などは、もう上まで大木に取り囲まれていますけどね。自然の力はすごいね。

 

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