ユカタン+キューバ旅行2016

35. トイレの壁画

宿の経営者が外壁の心配をしていましたが、街歩きをしていて、彼の心配が納得できました。

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こんな風にすっかり修復が完成したところもあれば、

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もうちょっとのところで、修復計画が中断してしまったとおぼしき場所もあるわけ。

状況は公共建築物も似たり寄ったりで、ここは Casa de la Diversidad(カサ・デ・ラ・ディベルシダド)という、昔の貴族の館だった美術館です。

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イスラム風の建築様式を取り入れた個性的な外観。青と白のコントラストが美しい。中に入ると、

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壁の修復は終わったようですが、調度品は未完成で、家具が雑然と置かれていたり、工具が散らばっていたりする。ミーティングでもあったのか、プラスチックの椅子が重ねられていたりして。

あまり見るものもなく、外観を見るだけでよかったあ~入館料払って損した~とブツブツ言いながらトイレに入ってビックリ!

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未修復ですが、この壁画!女子トイレに・・・・・。

なにせトイレだもんで、ほかの部分はいかにもトイレという白タイルで、なんだか銭湯の湯船の絵みたいよ。

かくのごとく、Aの次はBに進む、あるべき場所にあるべき物を配置する、というようにきちんと物事が運ばない国で、国民の皆さんはヤキモキと諦めが相半ばする状態ではないかと思います。が、しかし、旅行者はいい気なもので、ガッカリもある代わりに思いがけず楽しいこともあるなあ、というわけ。

その一例。道を歩いていたら、

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建物の角に標識のようなものが。近寄ってみると、

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通りの名前を記した標識に、その名前の由来である神父さんの肖像を掲げていたのでした。

どの通りにもこのように飾りがあれば、町の宣伝にもなると思うのだけれどなあ。日本の地方都市なら、あっという間に町中にトンカントンカン標識を打ち付けて、行政主導で「ストリート名スタンプラリー!さあ、どこにあるか、探してみよう!」なんて企画しそうだよね。

これも思いつきで終わってしまったのか、それとも、いつになるかはわからないが計画は続いているのか・・・。

34. マンゴーおいしかった

町と墓地の途中に Mercado Agropecuario(農産物市場)があります。政府の売り場と生産者直営の売り場の両方があり、前者は「安かろう悪かろう」、後者は「ハイクオリティだが高価」。

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入り口に案内板があって便利。農産物市場という名前ですが、それ以外にもオモチャとか日用品の売り場も少しある。

左上20番の CIMEX は革命軍事省傘下の機関で、正式名称は Comercio Interior, Mercado Exterior(国内商業、外国市場)。国内の民営事業と輸出入を監督すると同時に、独自に銀行や企業数十社を経営しています。

経産省的な役目や国営企業経営が革命軍事省という名称の機関の傘下にあるというのは不思議ですが、キューバの政府機関については不明なことが多く、国民への説明はありません。生産者たちは、とにかく「お上の申し渡し」に従いつつ、隠れて稼げるところでは稼ぎ、というようなことをして、「お上」の方はチョコマカした違反には目をつぶる、ということみたい。

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肉屋さん。

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果物を売っていました。パイナップルをきれいに並べて見栄え良くしているのが、いかにも民営の店です。政府の店ではこんなことしない。

道路沿いの民家に大きなマンゴーの木があり、たくさん実がなっていたので、写真を撮っていたら・・

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その家から若い女性が戸口に現れたので、「いっぱいなってるから、すごいなーと思って」と言ったら、家の中からマンゴーを1個持ってきて、差し出すのです。

実際、マンゴーはいくらでもあるし、どの宿でも毎朝、皿に山盛りになって出てくるほどで、安い果物の代表なのでしょう。日本で言えば、柿の木になった実を通りかかった人にあげるという感覚だと思う。でも、私の頭の中には、日本でのマンゴーの高級果実としての「地位」がこびりついていて、どうしても払拭できない!

「いやいや、それは申し訳ないから」と言って、小銭を渡そうとしたら、彼女は「えっ!これにお金を払うの?」とビックリ。そのやり取りを聞きつけて、お母さん登場。私が「少しだけど、お支払いしたい」と説明したら、お母さん、奥に引っ込んで、出てきたその手には、きれいに洗った、ひときわ大きなマンゴーが2個。

「うわ~。ありがとうございます!」とお礼を言って、お母さんと握手。取引成立。

宿に戻って、いただきました。

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33. ここでも墓地見学

4月15日(金)

カマグエイの墓地も観光スポットとして有名とのこと。宿から2キロ以上離れているので、タクシーで行ってもいいけれど、べつに急ぐわけではないし・・なんて考え始めて、結局はいつも通り、歩くことになるのであった。

町外れの墓地に向けて歩いてゆくと、郊外へ続く大通りの沿道が公共交通機関の停留所になっていました。

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これ、単に camion(カミオン。トラックという意味)と呼ばれているようですが、本体がトラックなだけで、座席を据え付けた箱を荷台に載せた、本質的にはバスです。

こんな交通機関も。

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客待ち中。ここは馬車停ということになるのかな。カミオンは長距離用、馬車は近距離用に利用するのだと思います。

さて、墓地に到着。ハバナの墓地ほど立派な門はありませんが、一つひとつの墓が個性的な美術品です。

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こんな可愛いのもありました。

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この家の飼い犬がモデルでしょうか。墓守をさせる犬にしては、あまりに頼りなくて、牙をむき出して悪人や悪霊を追い払うというよりも、今は亡き飼い主たちに寄り添い、思い出を守っているという風情です。

左の墓標の方、ミゲル・イグナシオ・マリン・レシオさんは生年1938年、没年2012年。キューバの激動の歴史を生きた一生ですよね。幼児の頃は第ニ次大戦。十代はキューバ革命。カストロ政権下の共産主義時代を経て、50代に「特別な時代」を経験。大きく揺れ動く政治社会情勢をどうやって乗り切ったのでしょうか。こんな立派な墓を建立できるだけの経済力がある一族であることは確かですが。

でも、社会はどうであれ、右の墓碑銘には「お父さん、あなたの子どもたち、孫たち、妻は、いつも愛情を込めてあなたのことを思い出します」とあり、いい人生だったように思います。というか、いい人生であってほしい。

32. キューバで座頭市

カマグエイは人口がキューバ第3位の大きな都市なのですが、半径100メートルぐらいの繁華街を除けば人通りもまばらで、とても歩きやすい。しかも、街角にはこんな観光案内板まで据え付けられています。RUTA は道順という意味。

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さて、観光に出発する前にメールチェックをしようかな。キューバではETECSA という通信会社(もちろん国営)が発行するログイン番号とパスワード番号が記載されたカードを購入し、パソコンやスマホを wifi につないで番号を入力するとインターネットが使えるという仕組みです。5時間分カード(7.5 CUC)を購入済みでした。

ここからちょっとコツがいる。wifi を探す必要があるのです。高級ホテルの客室なら完備していると思いますが、普通の家やカサパティクラールやカフェにはありません。美術館などの公共の場にもない。wifi はいずこ?

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こういう場所を探します。人が集まっているのに、なぜか互いの顔を見ていない。みんなうつむいて、一緒に何かを覗き込んでいる。そういう場所ね。目安としては高級ホテルやETECSA の事業所の周辺。ハバナでは、ETECSA の横の路地で信号が強いので、狭い路地で人がズラリと地べたに座り込むという、珍妙な光景が展開していました。

シッターさんからメールが来ていて、猫たちは元気な様子なので、心置きなく散歩にでます。

カマグエイは市中心部の歴史的景観全体がユネスコの世界遺産に指定されていて、小さな広場や公園、それを取り囲む教会や建物がしっかり保存されています。

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宿から2~3分の PARQUE I. AGRAMONTE(イグナシオ・アグラモンテ公園)。アグラモンテは19世紀のスペインからの独立戦争を戦った英雄です。

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Iglesia de Nuestra Señora de la Merced(慈悲の聖母教会)。カマグエイには教会がたくさんあって、とてもじゃないが、全部を見るのは無理。

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ここも美しい一角で、サンタ・セシリアという青い建物には市の会議場などが入っています。隣の建物の屋上にはゲバラの顔と Hasta la Victoria Siempre という言葉が。

20分ぐらい歩くと、また広場があり、そこには Martha Jimenez(マルタ・ヒメネス)というアーティストの野外彫刻作品が展示されています。面白い展示方法なんですよ。

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ほかにも手押し車を押している老人やベンチに腰掛けたアベックなど、本当にこの場にいても違和感がない人たちを表現した彫像が点々と展示されています。

ここのカフェに入ったら、こんな作品も。

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実際に「そこ」から水が出ています。下に金魚もいるでしょ。

宿に戻り、経営者のオルランドさんとおしゃべり。60歳前後の細身の男性で、知的な雰囲気の方。

この建物は1900年建築の貴族の館だったもので、築116年。小さめのデパートぐらいありそうな巨大な建物で、80部屋あったのを切り分けて一般住宅として使っています。ご夫婦は3年前に借りて、客室1室から宿の経営を始め、経営が好調なのでさらに部屋を借りて拡張し、現在は客室3室。

シミだらけの壁と剥がれた床板という悲惨な状態だった内装を全面的に改装し、現在の美しい状態にしたのですが、問題は外壁。なにしろ市の景観が世界遺産指定で、外から見える外壁は「景観」の一部。勝手に修理してはいけないのだそうです。いつ崩れ落ちるかと気が気でないのだけれど、役所がいつゴーサインを出してくれるのか、皆目見当がつかない。役所に苦情を言うのは、ちょっと躊躇しますね、とのこと。やっぱり怖いんだ。

オルランドは元エンジニア。奥様は元教師。これまでのカサパティクラール経営者たちと同じく、このカップルも成功組のようです。

今、キューバでは小学校3年生から英語の授業があるので、若い人たちはかなり英語を話せるのですが、彼の世代は学校で習っていないから、ほとんど話せない。今、鋭意学習中だけれど、「もう歳だから、覚えられませんね~」とため息。

話が日本のことになったら、子どもの頃にテレビで日本映画を字幕付きで放送していて、面白かったという。特に好きだったのはサムライが出てくるやつで、いろいろあったんだけど、たとえば、

「目が見えない人で、それなのにすごく強くて、悪い奴らを切って切って切りまくる!」(刀を振り回すジェスチャー付き)

おお!それは、まぎれもなく・・・

「座頭市?」
「あっ。そうそう!日本でも有名?」

いや~、キューバの国営テレビで座頭市・・って、ビックリした~。勝新太郎氏は共産主義とはあまり親和性がないような気がしますけど。

31. Camagüey(カマグエイ)

産前ケア施設での楽しいダンスという思いがけない拾い物があったトリニダーですが、やはり町全体としては観光化が行き過ぎかなあ。酔っ払った観光客が真夜中に道で騒いだりして(英語でわめいていたから、観光客に間違いない)。

4月14日(木)

次の訪問地カマグエイまではViazulバスで5時間ぐらい。途中1回、トイレ休憩あり。

カマグエイはあまり有名ではないけれど、ロンリープラネットの掲示板でキューバ旅行の相談をしたときにベテラン旅行者たちから勧められた町。さらに宿も勧められて、どちらも大正解だったのだ。

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例のカサパティクラールのマーク。この建物の2階が CasAlta です。19世紀に貴族の館だった建物で、その一部を現在の経営者が借りて改装したもの。

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ここは居間というか、自由に利用できるスペース。お茶の支度とポットに入ったお湯があって、のんびりできます。

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客室

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食堂。

部屋や共有スペースの見栄えや居心地がいいというだけでなく、観光客向けの細やかな心遣いがある宿です。

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ね?バスルームに小型の物干し。こういうことをしてくれる宿は少ない。さらに、

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折りたたみ傘も備えられている。かなり感心してしまいました。さらに、部屋を決めた後に、ちょっとしたオリエンテーション(?)があり、窓から外を見ながら、経営者の男性が、「この道をまっすぐ2~3分行くと教会で・・・」と説明してくれます。ハード面だけでなく、ソフト面も充実。

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これがその教会。観光シーズンをはずしていたせいもありますが、人通りは少なく、建物の全貌が遠くから見えて、よく鑑賞できます。10分ほど歩くと、繁華街に出て、こちらはさすがに人がゾロゾロ。

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こんなフェリーニの映画をテーマにしたカフェもある。

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ブティックの前にいた犬。店の飼い犬と思われます。「絶対!道に降りてはいけマセン!」と言いつけられているような。やや、ポッチャリさんかな?

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レストランの前で音楽のサービス。これまでのキューバでの音楽体験を思い返してみたら、本当に音楽で食べているという意味のプロの演奏を聞いたのは初めてだったかもしれない。

30. 踊るナースに見る妊婦

キューバでは、だれでも、いつでも、どこでも、踊りたければ踊る。音楽もダンサーも簡単に集められる。いやなことがあっても、とりあえず踊っている間は愉快。

というところまでは、すでにわかっていましたが、どうやら踊っているところを見るだけでも、心身の健康に大変よろしいという思想があるらしい。

表通りから1本裏に入った道をブラブラ散策していると、どこかの家から音楽が道にまであふれて流れています。

さてさて、ここはどういう場所なの?ダンスホール?でも、白い制服の方は、どう見ても看護師さんでは?

ドアの標識を見ると・・・。(下の写真は動画のスナップショットなので、よく見えませんが)

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Hogar Materno というのは「母親ホーム」という意味。つまり、ここは心配なところがある妊婦さんたちのための産前ケア施設なのです。さすがキューバ。医療は充実しています。こういう施設も、もちろん無料。

で、ここで働く人たちと妊婦さんたちの娯楽として、ハバナの公園やプラジャ・ラルガのレストランのように、音楽隊とダンスパートナー役の男性たちを調達した模様。

ケアが必要な妊婦がいる場所で、大音量で演奏して踊る!めっそうもない!と目くじら立ててはいけない。ここはキューバなので、スーパーで流れるBGMみたいなソフトな音楽は論外。いい気持ちになろうとすれば、勢い、こんな音楽に乗って踊るのであります。

ナースたち、楽しそう。揺り椅子に腰掛けた妊婦さんたちも、お腹をさすりながら満足げではないですか。胎教にもなる・・・か?

ちなみに、産前の母体の健康に関する問題として、10年ほど前までは「特別な時代」の状況を反映して、やはり栄養状態の不良(カロリー不足)が多かったようです。ネットで調べたら、「この施設にいれば1日2800カロリーを確保できる」という説明がありました。

今はどうなのかなあ。20歳未満での出産が増えているというので、そうすると、ケアが必要な母体が増えますよね。

そもそもキューバでは、途上国としては出生率が低いし、家族計画の教育もきちんとするし、避妊用具なども無料なので、不思議な状況ではあります。ちなみに、未成年の出産が多いと、当然、結婚という形につながらない比率も上昇し、調査によれば、父親がいる家庭で育つ子どもは半分。正確には母子家庭率49%という高い数値です。(ま、キューバの女性たちに言わせれば、キューバの男がムチャクチャいい加減なのが悪い、というのだけどね)

産前だけでなく産後の子育てについても、乳幼児の99%以上が保育所を利用するという、どこかの先進国のお母さんたちが聞いたら、ため息が出るような充実した支援があります。さらに最近、シングルマザーの労働条件と子育て支援をさらに手厚くするよう法律が改正されたとのこと。

しかし!それはけっこうなことなのですが、男に子育てに参加させるための施策は聞こえてきません。養育費を払わせるとか、なんらかの形で責任を取らせるとか、なにかないのですかね?これじゃ、ひたすら女に働かせて子育てもさせて、ということになるんじゃない?

29. トリニダー

4月13日(水)

次の行き先は人気の観光地、Trinidad(トリニダー)。私はあまり興味がなくて、ただ次の目的地まで遠いので、ちょっと1泊するだけのところです。

Viazul バスの時刻を宿の息子さんに聞いたら、たぶん乗り合いタクシー(taxi collectivo タクシーコレクティボと呼びます)の方が安くなるというアドバイスで、前日に手配してくれました。実際、トリニダーまで15 CUCで、バスより安かった。タクシーの方がバスより安いなんて、ちょっと不思議だけどね。

ドイツ人の若者2人が乗っていて、6月に大学卒業なのだそうです。旅行に出ると毎回、こういう若者に出会ってしまうわけですが、この人たちも、就職先は決まっているし、特に先行きに不満はないはずなのに、なんとなくブルーなのよ。1人は工業化学が専門で、研究開発部門に就職するというので、

「面白そうじゃない!将来も需要がある分野だし」と、おばさんが励ましているのに、「うう~ん、そうかなあ」なんて言ってる。まだ仕事をするということの面白さがわからないのかも。

よもやま話をしていたら、タクシーが減速。おやおや、カニの群れが道路を横断です。街の入口の標識は本当だったんだね。ドライバー氏は徐行してカニをよけつつ、「この種類のカニは保護動物だから、轢いたらダメなんだよ。あんた、ちょっと男の子たちに通訳して」なんて言う。今日もナンチャッテ通訳者です。

もうちょっと乗れるのになあと思っていたら、やはり、途中のヒロン海岸でしばし停車。ドライバー氏は3歳ぐらいの男の子を連れた男性の客を見つけてきました。

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途中のサービスエリアでちょっと停車。「Su amigo, las 24 horas 24時間、キミの友だち」だそうで。コンビニ(だよね?)、久しぶり。僧服みたいなのを着た人は何者?

無事、トリニダーに到着し、見当をつけてあった宿までテクテク歩いていたら、道沿いの家から ¿Habitación libre?(空き部屋?)と、なんだかあんまり自信がなさそうな口調で声がかかりました。痩せてヒョロヒョロした中年の男性が、やはり自信のなさそうな、ちょっと微笑みかげんの表情。その控えめな感じが気に入って、部屋を見せてもらいました。清潔だし、ベランダと外階段がついていて便利そうだったので、ここに決定。

私が宿帳に記入した内容を見て、「えっ!日本人?うわー、初めてだよ!」と、ヒョロヒョロ氏は興奮気味。

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興味ないとは言っても、せっかく来たのだから、観光します。これは革命博物館。

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こういう石畳の道とパステルカラーの町並みがきれいで、こういうところはいいのだけれど、実は、町の中心はレストランや土産物屋がズラリで、歩く気にはなれない。

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むしろ町外れのこういう場所の方が、いい感じかな。

宿に戻ったら、玄関先でアジア系の若者と鉢合わせ。なんと、日本人でした。「あっ。あなたのことだったんだ~」と言って、クスクス笑ってる。

「泊まろうと思っていた宿がダメで困っていたら、あのオジサンが客引きに来ていて、日本人だとわかったら、オジサン、すんごく喜んじゃって。スペイン語ダメなんで、何言ってるかわからないんだけど、ぜひ、うちに来い!って感じだったんすよ」

オジサンのあまりの喜び方に引きずられて来てみたら、宿帳に日本人の名前があって、どうやら初の日本人だったらしい。初めての日本人客が来たその日に、もう1人!なんたる偶然。

高級カメラを持っているので、すごいね~と言ったら、彼もやはり、トリニダーにはちょっとガッカリだったそうで。「なんかこう、作ってるなあって感じだし、観光客の数がすごいし。どこもかしこも撮り尽くされたというか・・」と、渋い表情でした。

28. 栄光のウミガメ!

宿に戻ると、おやじさんがニッカニッカしながら、こんなものを持って登場。

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昔、現役の漁師だった時代に捕獲した漁師キャリア史上最大のカメ!体は売ったけど、頭だけは記念に剥製にしてもらったとのことでした。

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雑誌にも載った!少し若かった頃のおやじさん。ずいぶんいい男だね。今の写真がないのが残念ですが、今でも体格が良くて、いい年のとり方をした人です。左上のキャプションは「キューバの海岸でウミガメの頭を抱えた漁師」。

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私にも持たせてくれた。上半身がほとんど隠れてる。大きさがわかるね!

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夕食は豪華だったー。イセエビ。キューバでも伊勢・・ってことはなく、langosta(ランゴスタ)というのかな。右端の野菜はcalabaza(カラバサ)という瓜の仲間で、形はトウガン、色はカボチャって感じ。少し甘くておいしい。

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尾がきれいに残ったので、1枚パチリ。イセエビが日本でいかに高いかを宿の奥さんに話したら、実はこの近海でも減っていて、値が上がっているのだそうです。気候変動の影響かもということでした。

食事後、外を散歩していたら、楽器を持った人たちがゾロゾロやって来ました。「何があるの?」とたずねたら、

Vamos a hacer musica!(音楽をやるんだよ!)

ということで、「あんたも来たらいいよ」と誘ってくれました。近くのレストランの2階で、ダンス。毎日やっているわけではなく、経営者なり客なり、だれかが今日はダンスしよう、という気分になると、楽器ができる人に連絡して、その人が仲間を集めるみたいでした。

ミュージシャンたちは完全なプロとして音楽で食べているわけではなく、他にも仕事があって・・という、またしても、いくつかの仕事で生計を立てている例です。

キューバでは、ダンスしたくなったときに、こうやって簡単に音楽隊を調達できるんだ。いいね。

27. キューバのセノーテ

4月12日(火)

キューバにもユカタン半島と同じくセノーテがあります。セノーテは簡単に言えば、地面が陥没したところに地下水がたまった池のようなもので、こんな仕組みになっています。

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今日はプラジャ・ラルガとプラジャ・ヒロンの中間にある Cueva de Los Peces(クエバ・デ・ロス・ペセス。魚の洞窟という意味)というセノーテへ。

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メリダのセノーテと同じく、観光客や家族連れが遊びに来ていました。海岸のすぐそばなので、大きな熱帯魚が悠々と泳いでいて、ちょっとビックリ。

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セノーテの周りをせわしなく飛び回る黒い鳥。

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アンチルクロムクドリモドキ(Quiscalus niger)という鳥のようです。枝にとまったと思ったら、ディスプレイを始めて・・・

ははあ。メスを探すのに忙しかったんですね。

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ここの前の道路を横断すると、もう浜です。こちらはシギ・チドリの世界。

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ウィルソンチドリ(Charadrius wilsonia)でしょうか?ちょっとはっきりしません。

炎天下をテクテク、歩いていったら、アマサギと馬が。馬は仕事の休憩中だったのかな?

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セノーテで泳いでお腹が空いたので、町まで戻ったところで、お昼にしようかなと。

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水を買おうとして、このキオスクみたいな小店に寄ったら、メニューがあり、ファストフード店・・・のような、ものでありました。

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チャーハン?のような、もの。ひょっとしてキューバ人民通貨でいいかも、と期待したのだけれど、ダメだった。しっかり CUC 値段を請求されました。水とソーダとチャーハンで4 CUC。

26. 革命防衛委員会

お昼で鳥見が終わり、あとはまたしても、のんびり時間。この標識によれば、村の名前はCaletón(カレトン)というのかな?

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下の板には「自然をたいせつに」、「浜をきれいに」、「火の用心」、「水を汚さない」、「ペットは家に置いてくる」、「ごみはゴミ箱に」という、道徳的標語が並びます。

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こちらは CDR という組織の第21地区の案内板。CDR の正式名は Los Comités de Defensa de la Revolución で、その意味は「革命防衛委員会」。はあ?まさか隣近所でお互いを監視し合う組織?「不満分子」を役所にチクる?なんて疑ってしまうよね。現状は町内会に近い役割を果たす組織のようで、1960年創設時、まさに革命を防衛しなければ、とピリピリしていた当時(コチノス湾事件は1961年)の名称をそのまま変えていないせいで、こういうことになる。「革命を叫ぶときだ」という上の板の標語も、当時から変わっていないような・・・。

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ま、今もこの写真のように、「戦い続けるぞ」「連帯、警戒、戦い」を掲げているわけですが(その割には CDR のロゴマークがおちゃらけすぎ・・)。すべてのメディアが「大本営発表」だしね。新聞は対象読者層が違うだけで、報道内容は全部同じ。テレビ局5チャンネルは全部国営です。で、表向きはこういう「革命精神」的な標語で溢れていて、しかも、それが単なる上からの押し付けだけでなく、実際、普通の人たちも、こういう言葉を口にするのです。

でも、多くの国民にとって現実に重要なのは、言うまでもなく、「生活」です。この長い「特別な時代」に、苦しさのあまり危険を犯して国を離れた人たちもいた。今、キューバに残っているのは、「自分たちは革命を成就させた誇り高い国民なんだ」という「腐っても鯛」精神で歯を食いしばりつつ、裏の「副業」で生活費を稼いだり、政府や共産党にコネがあったり、まあ、なんやかんやで食いつないできた逞しい人たちです。

だから、個人で事業を営むことや不動産を所有することが可能になり、ハバナが美しい姿で復活し、カナダや欧米から観光客が押し寄せる今、宿のおかみさんのように、バリバリ働いて金儲けにいそしむ人が出てくるのは当然でしょう。これまで封印されてきた商売人としての能力が花開いた例もあるし、最先端の有機農法を取り入れて栽培した作物を自由市場で売って成功している農協もあります。

では、共産主義を捨てて100%自由競争にすることに国民が賛成しているかといえば、そう単純にはいかない。

「大本営発表」では、世界の先進国といわれる国で、貧しい人たちがどんな生活を強いられているか、どれだけ暴力がはびこり、弱者がないがしろにされ、わずかな数の富裕層に富が集中しているかという点を、これでもか!というほどしつこく強調するわけ。実際、誇張しているとはいえ、それが先進経済圏の一面であることは否定できないしね。この「革命を成功させた、おらが国」に、そんな方向へ向かってほしくない。完全無償の教育と医療、組織犯罪のない安全な社会、これを手放すようなことをしたら、これまで我慢してきた甲斐がないってもんでしょ。

一方、では、その質はどうかといえば、高度先進医療の技術は高い。ガンも心臓病も治せる。でも、子どもが下痢した~、熱が出た~、怪我した~ぐらいでは、だれも病院に行かないみたいよ。医師も看護師も足りなくて、治療を受けられないから。二重通貨制度のせいで、ウェイターやウェイトレスが外国人観光客から受け取るチップだけでも、看護師の給与の数倍だもの。人手不足に加え、薬も足りない。包帯も、注射針も、消毒液も足りない。教師を辞めて民宿経営という例も何度か耳にしました。

というわけで、今、難しいところへ来ています。ソ連邦崩壊後に外貨獲得を目的として「一時的に」導入された「一国二通貨」という、この異例な措置を、政府はなかなか解消できなかったのですが、2013年に「統一」という方針が確認されました。その後、2015年半ばに、年内に通貨統一かという観測が流れたのですが、私が旅行した2016年4月にも、そして現在、2017年8月にも、まだ実現していません。

その間、政府は CUP で給与を受け取っていて不満が膨らむ層に、ボーナスは CUC で支払うなどの、まあ、こう言っちゃなんですが、「その場しのぎ」の給付を行っているようです。「もうちょっと辛抱してくれ」と言いたいのでしょうが、庶民は「いつまで辛抱すればいいんだ!」という感じ。それに、皮肉なことですが、経済改革の始まりまでは辛抱できた。でも、改革がいったん始まったからこそ、「遅い!」というジリジリ感が出てくるのかも。

さて、宿までの道の途中にある Tiki Bahía de Cochinos というレストランで昼食。ここも食材が新鮮なのが魅力。味付けはいま一つだけど。

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海で泳いで、木陰でちょっと昼寝。

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夕暮れの浜を撮影。

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