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ユカタン+キューバ旅行2016

43. ディエゴとフリーダ

4月21日(木)

メキシコシティに戻ったのは夜の10時。2度目なのに夜だから街の様子がさっぱりわからず、タクシーの中で、「変なところに連れて行かれても、わかんないよ~」という、何の根拠もない恐怖感を抱いてしまいました。ハバナがいくら開発が進んだとはいっても、やはりメキシコシティとは比べ物にならないわけで(いや、ホント。メキシコの経済発展はすごいよ)、夜の大都会の迫力に気持ちが負けてしまったのだと思います。

でも、もちろん何事もなく到着。ただ、タクシーの運転手が強くチップを要求してきて、感じ悪かった。こういうこと、今回の旅行で初めてだったので、余計に不快でしたね。最後の夜なのでささやかな贅沢で(13,000円ぐらいだったかな) Historico Central という宿を取ってありました。

Mexicocityhotel

こざっぱりしたインテリア。床材、いいのを使っていて、仕上げの塗装もきれい。ホテルの従業員の態度もさりげなく垢抜けていて、やはり都会は違うなあ。

4月21日(木)

朝食付きだったのですが、バイキング形式の朝食で盛り沢山。丸1日分ぐらい食べてしまった。

さて、最終日。初日に見られなかったディエゴ・リベラの壁画とフリーダ・カーロの家を見学します。

早く宿を出たので、ぶらぶら歩く。

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開館前の国立美術館。今日は曇天であります。

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国旗がひるがえるパラシオ・ナシオナールの側面。

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最初に立ち寄ったときに入れず敗北したパラシオ・ナシオナールに、ようやく入ることができる!

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壁画。小学生が社会科見学に来ていました。

Diego1804112

ひどい写真でごめんなさい。でも、たとえプロの写真家が撮影した写真でも、これがどういうものかを伝えることはできないと思いますよ。ほとんど自然の景観のようなものなので。自分の目で見るしかない。

Diego1804113

次は地下鉄でフリーダ・カーロの家へ。これも前回は敗北だったのだ。

Frida1804111

有名な青い外壁。建物だけでなく庭もきれいです。

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「文化人気取りのおバカな連中よりも、大工さんや靴職人の方に親近感を覚えるのよね」とフリーダは言っています。

Frida1804112

「フリーダとディエゴは1929年から1954年までこの家で暮らしました」

ずいぶん長かったのですね。2人の疾風怒濤の愛憎劇をメロドラマのように耳にしていたから、10年ぐらいかと勘違いしていました。

Frida1804113

Frida1804114

これはフリーダのベッド。背中が悪くて寝たきりだった子供時代に、両親がこの天蓋付きのベッドの天井に鏡をつけてくれた。その鏡に映るものを描いていたのだそうです。

フリーダは若い人たちに絵を教えていたのですが、存命中の元の教え子たちにインタビューしたビデオもありました。絵の技術を教えるだけでなく、子どもたちを美術館に連れて行き、優れた芸術作品を鑑賞させるなど、とても楽しい教室だったようです。

市の中心部に戻ったところで雷雨!美術館の前で雨宿りです。

Bellasartes1804141

雷雨が小降りになって、そろそろ夕方。

Rainy180414

警備員らしき方も雨に濡れていました。

さて、ユカタン半島のマヤ文明遺跡からキューバの田舎町、芸術都市メキシコシティと、今回は内容が多様でありました。普段の旅行の2回分ぐらいの印象があるなーというところで、メキシコ+キューバ旅行も終わり。

42. 最後の最後になって、いかにもキューバだった

4月19日(火)←2年前の!トホホ

たいへん居心地の良かったバジャモから飛行機でハバナに戻ってきました。都会じゃ~。

前と同じ宿ですが、ステファノのお父さんの具合が悪く、夫婦でイタリアに帰郷中。エリスのお母さんが宿の面倒を見ていました。小柄で可愛いおばさん。スペイン語しか通じないので、あせったけど、なんとかなった。

水道管敷設工事中だった前の道が、ほぼ完成状態。「わー、工事、終わりますねえ」とエリス母に言ったら、「終わりかけている」と、スペイン語を直された。

Habana1802146

さて、せっかくの都会なので、こんなシャレたお店でランチです。

Habana1802144_2

シャレてるのはいいけど、店名がちょっと変?Mama Ine・・・って???あ、最後のzが落ちてしまっているのだ。本当はMama Inez(ママ・イネス)という名前だよね。たった今しがた落ちたようにも見えないし、かなり長い間、放置状態にあるような。やっぱりキューバだねえ。

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食事は特に抜け落ちたところもなく、うまかった。高かったけど。

キューバの見納めに長い散歩をしました。

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首につけているのは、どうやら狂犬病の注射済みで危険がないことを証明する鑑札のようです。鑑札をつけた犬は外をうろついてもいいのかも。

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恒例のおみやげショッピングに出かけたのですが、おみやげにいいものって、ほとんど見つかりません。バカでかい倉庫のようなマーケットでチープな土産物は売ってるけどね。買えるのは有名な葉巻と、コーヒー、香水ぐらいかな。ついこの間まで物資が不足して、日用品の購入にもスーパーで行列が必要だった国なのだから、しかたないですな。

4月20日(水)

荷物のパッキングをしていたら、なんと、部屋のカーテンレールが落ちた!エリス母に「大変大変!」とご注進したら、脚立を持ってきてくれたんだけど、私にやれと命令するのである。客なんだよ、私は。金払ってんだよ。稼いでるくせに!勝ち組のくせに!

まあ、しょうがないから、やりました。ところが、これでいいかな、と脚立から降りたら、エリス母。少し傾いていると文句を言う。ったくも~。はいはい、直しますよ。

約束どおりにタクシー(ボロボロのロシア製)が来ましたが、これが動かない。エンジン、かかりません。運転手のおじさんがレンチを取り出し、フードを開けて、どこかをガンガン叩く。バッテリーがあがったとかじゃないみたい。いや~な予感です。

それでも駄目で、結局、通りかかった男性に頼んで押してもらい、ようやく出発。

ところが途中でまた動かなくなり、今回も、おじさんのガンガンは効果なし。私はもう、その場で降りる準備をしていたら、おじさんが、「いや、待て!大丈夫だから!」と言うのだ。どうするのかと思ったら、そばに止まっていた車の男性に声をかけて、こういうことに。

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これ、男性の車とタクシーをロープでつないでいるのです。おじさんも、このくわえタバコの男性も、それほど慌ててもいない感じ。珍しくないのかも。

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ね?こんな塩梅で走り出し、そばのガソリンスタンドまで引っ張ってもらいました。そこで何やら応急処置をしてもらい、あとは問題なく、飛行機に十分間に合う時刻に空港に到着。

特に問題がなかったキューバ旅行でしたが、最後の最後で、まだまだ大変な状況を、身をもって体験したわけ。

41 イスラム風の港町

とにかく列車に乗ることが目的で、その終点が港町のマンサニージョだったというだけなので、何も期待していなかったのですが、とりあえず町の中心である公園まで歩いたら、これがなかなか拾い物だったのであります。

Park171205

ジャジャン!ここはどこ?インドのムガール帝国時代の建物みたい・・・なんだか懐かしい。なんでこんなものがカリブ海の島にあるの?

Statue171205

おおっ!こ・・・これは・・・何?

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こちらがペアのもう片方。ますます異様。

Moorish171205

教会の尖塔もイスラム風になってる?港町だからね。歴史上のどこかでイスラム建築が持ち込まれたのか・・・。

ぶらぶら歩き回って海を見たりしているうちに、またしても(!)たちまち時間が経過し、帰りの列車を逃してしまいました。バスもなさそう。でも、丘の上に比較的大きなホテルが見えたので、そこならタクシーが拾えるかな、と考えました。

近道をしようと目論んで歩いて行ったら、途中、庶民が住む地区を横切ることになり、どうやら公共衛生サービスが乏しいらしく(臭いからして、下水道もなさそう)、住民は周辺の丘に、勝手にゴミを捨ててしまっている。ゴミの山の間をかき分け、ようやくホテルにたどり着きました。

ホテルの前にタクシーらしき車が停まっていたので、ドライバーの青年に声をかけたら、「うわっ!あんた、どこから来たの?!」と、驚愕の面持ち。「あっちから」としか、言いようがないよね?

「道がないじゃないか。危ないだろ!」
「べつに危なくなかったよ。子どもたちが遊んでたし」
「いや、でも、やっぱり、そういうことは」

なんて、モゴモゴ言っていましたが、バジャモまで乗せてもらうことにしました。25ペソと、ふっかけられましたが、まあ、緊急時で弱い立場だから、しょうがない。

彼は生まれも育ちもマンサニージョ。車はお母さんのもので、彼が運転してタクシーをやっている。

「じゃあ、お母さんが社長で、きみは社員だね」と言ったら、その形容がまんざらでもなかったようで、「madre-ijo (母-息子)の会社だ!」と、ご機嫌です。この青年も「勝ち組」なんだろうなあ。各地の宿の経営者と同じように、「ビジネス」に邁進しています。

もう夕方だったから、バジャモまで行ったら帰宅するのは夜遅くになってしまう。というわけで、まず彼の自宅に寄って、お母さんに予定を伝えます。

彼の家があるのは、ゴミの山に囲まれた貧困地区とは違い、小さくて古いけれど庭のある家が並ぶ、緑の豊かな地区でした。

せっかくバジャモまで行くので、弟も乗せて行くことになりました。バジャモで遊ぶのかな?

弟は医科大学の2年生。彼の自慢の弟です。「俺がタクシーでがんばって稼ぐから、弟にはいい医者になってほしい」と。

40. 列車でマンサニージョ(Manzanillo)まで

午後は列車に乗ります。列車に乗ること自体が目的なので、行き先はあまり考えていなかったのですが、海側の終点の Manzanillo まで乗ることにしました。

Timetable171205

時刻表。ORIGEN は始発駅、DESTINO は終点。ハバナとバジャモを往復する長距離路線もありますが、これは確か、週に数回しかなかったのかな。Manzanillo 行きは2:25出発だな。

まだ1時間以上あるので、駅の近所をブラブラ。道の両側に並んだ露店でビスケットみたいなおやつを購入。こういうときは Peso Nacional(CUP)を使います。7ペソ(30円ぐらい)。2種類の通貨の差が20倍以上あるわけで、最初はとても変な気分ですが、数日で慣れてしまう。

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客待ち中の馬車。

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こちらも客待ち中。帽子がステキ。カウボーイがかぶるようなこういう帽子はよく見かけます。

Girl171205

キューバの女子高生。ありゃー、制服のスカート、あんなに短くしちゃってーと思ったら、後で気づきました。こういう長さの制服なのです。ショーツの上に巻きスカート風に布を巻き付けているのかな?

さて、こんな風にキョロキョロしていたら、私がしょっちゅうやってしまう定番の失敗なのだけれど、「ちょっとブラブラ」が長くなり、あっと気づいたら駅から数キロ離れてしまっていた。ちょうど通りかかった輪タクをつかまえて、駅に戻ります。

Bicycle171205

こんな感じで輪タクのおじさんとオシャベリ。日本人だということがわかったら、「地震があったじゃないか!日本は大丈夫か?」と。そう。熊本地震があったばかりだったのだ。

「うちは遠いから大丈夫。メールで友だちに確認したし」と答えると、「そうかあ。それは良かった!」と喜んでくれました。それにしても、世界は小さくなったよねえ~と、おじさんも私も、あらためて驚く。

切符を買って(席は指定。1.7 CUPだから8円)、待合所で少し待つ。若いカップルがタオルにくるんだ小型犬を膝に乗せて列車を待っていました。獣医で去勢手術をしてもらった帰りだそうです。そろそろ麻酔から目を覚ましかけていて、フウ~ンなんて鼻を鳴らしている。

周囲の人たちの反応が面白くて、「犬なんかに、わざわざそんなことするのか!」とビックリ仰天したり、「最近の若い人は自分の子どもより犬だもんね~」なんて、したり顔の人がいるかと思うと、「犬は家族と同じ」という人もいて、ペットについては発展途上中のようでした。

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ようやく乗車。バジャモでは列車もハバナより清潔。

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車内の設備も新しくて快適。遅いけどね。各駅停車だし。

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車窓から見えるのはこんなのんびりした風景。

39. セスペデス誕生記念式典

またアドリアーナと一緒にタクシーで戻り、町外れで下ろしてもらって、ちょっと散歩。

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広い公園があって、これは人口の池でしょうか。大人も子どもも、勝手に入って、ボチャボチャ泳いでいました。

セスペデス公園まで数キロ、延々と歩いて戻ったら、今日もヤギがセッセと労働。いや、ヤギというよりも、頑張って引っ張るのはオジサンの方なんだけどさ。

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それにしても、この町は、家族で住むには本当にいいところだなあと、つくづく思います。若い人にとっては限りなく退屈なところだなあとも、つくづく思いますが。でも、キューバでは、都会に行きたいと思っても、受け入れ先の組織が決まっていないと、許可されないと思うので、動くのは大変なのではないかな。

4月18日(月)

この日は午後に列車に乗りたかったので、その前に「独立の父」セスペデスの生家の記念館を見学しようと思って、受付に行ったら、たまたまセスペデスの誕生日で記念式典があるので、午前中は休館だそうで。

それは残念と思ったら、受付にいた女性が、「式典は前の公園だから、ちょっと待てば見られますよ」と。おお。ラッキーではないですか。

やがて、いかにもキューバらしく、集まった町の人たちと記念館の職員がバラバラバラと周りに立って、な~んとなく、式典が始まります。

女性のヒールがスゴくないか?足が細いから、怪我しないかと、なんだか心配になってしまうね。

このように、厳かに献花が行われまして、その後、何人か表彰される人がいて、みんなパチパチ。それから、共産党のお偉いさん(たぶんこの地区の役員だと思う)が演説。お偉いさんといっても、チェックのシャツを着た痩せぎすの中年男性で、それほど偉そうには見えないのですが、演説を始めた途端、目つきが鋭くなり、滑舌が良く、口調はあくまでも熱く、さすがでした。

さて、面白かったのはこの後。白い制服の職員たちに混じってチビで小太りの中年男性がベンチに座っていて、何をする人なのかなあと思っていたら、演説の後に、おもむろに立ち上がり、マイクを握ったと思ったら、

やっぱりねえ。キューバでは、録音した歌を流すなんてことは、あり得ないのであった。必ず、音楽供給係の生身の人間が用意されているわけですね。

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献花されたセスペデスの像。

38. 山中の革命軍司令部

4月17日(日)

朝7時出発。前日に宿のおじさんが手配してくれたタクシーで、政府軍と革命軍が戦っていた時代の革命軍司令部に行きます。

だれかとシェアできれば安くなるのになあと思っていたら、運良く同乗者がいました。30代前半ぐらいのオランダ人女性。お名前はアドリアーナ。キャノンEOSのすんごい高級カメラを持っていて、16歳の頃から写真が趣味なのだそうです。連射のスピードがすごい。

司令部(コマンダンシア・デ・ラ・プラータ)はキューバ有数の観光地としてすっかり定着しており、ルートについて調べる必要もありませんでした。トゥルキーノという山を中心とする国立公園の中にあるので、タクシーで公園入り口まで行きます。

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そこで国立公園の入園料を払い、すでにガイドがいるツアー客ではなく、個人で来た私たちのような入園者はガイド料も払います。ガイド料はお弁当料金込み。英語ができるガイドは少ないと思うので、スペイン語がわからないと、ちょっと大変かも。アドリアーナは中南米でのボランティア経験があって、スペイン語は問題なし。

この入口からは急坂が続くので、四輪駆動車で登山口まで行きます。

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トゥルキーノ山。旅行計画を立てたときに、登山もちょっと考えたのですが、特に面白い登山でもなさそうなので、やめました。

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ここから先は日本の低山ハイキングみたいな登山道になります。

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右に行くと司令部。左に行くと登山。ちょうどフランスからのツアー客と一緒になり、フランス語ができるガイドがついていました。アドリアーナはその人たちがなんとなくイヤみたいで、「一緒に歩きたくない」と言うので、さりげな~く離れる感じで歩く。

日本での低山ハイキングとそっくりな山道で、慣れた人ならどうということもないのですが、トレッキングや登山の経験が全くない人は、たぶん息が切れると思うよ。アドリアーナも「私、山は苦手なの~」なんて言うのですが、そこは若さで乗り切り、なんとか頑張ります。

そもそも革命軍の皆さんは重い武器を背負って、ここを上り下りしたんだから。こんな感じだったらしい。

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途中できれいなさえずりも聞こえます。サパタ国立公園のバードウォッチングで見たキューバの国鳥でした。

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フランス人ツアーの構成は10人ぐらいで、若い人もいれば中高年もいて、若い人たちは遅れがちな中高年たちを置いて、どんどん先へ行ってしまう。そのうち、1人の中高年男性が完全にヘバッてしまい、ガイドさんはその人についていなければならない状況になってしまいました。私が連絡係になって、先にいる若い人たちに追いついて状況を説明し、司令部で待っているように伝えましたが、私はフランス語ができないから、アセアセで英語とスペイン語で話して、なんとかわかってもらえてよかった。

アタフタしているフランス語のガイドさんと私を見て、アドリアーナは眉をひそめて、「なによ、あのオジサン。普通、歩けなくなったら、他の人に迷惑になるから、あきらめて戻るわよね~」なんて言う。

でもまあ、そんなこんなしているうちに到着。当時は斜面に点々と本部、医療部、放送局などの小屋が建っていたのだそうです。政府軍に見つかったときに一網打尽にならないよう、寝る場所は離してある。これはカストロが寝ていた小屋。(撮り忘れたので、ネットで見つけた写真。)

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当時となるべく変えないように維持しているようです。当時はこんな風。

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小屋は急斜面に建っています。

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そばには戦闘中に命を落とした革命軍兵士の墓。

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この司令部にあったものはほとんどハバナの革命博物館に展示されているのですが、ここにも少しだけ残っています。

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こんな手書きの地図とか。

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撮影機。カストロは宣伝やプロパガンダを重視していたので、ほとんど登山のような進軍でも、記録を残すための機材は必須だったのだ。

ここでの説明で、私たちのガイドさんは、フランス人たちにスペイン語で説明しなければならないから、身振り手振りで大変。ご苦労さまでした。

37. Bayamo 続き

バジャモはなにやら不気味なほど清潔な町なのであった。

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これは車の乗り入れ禁止の目抜き通りで、オブジェが並んでいます。道に全くゴミが落ちていない。わが家の床よりきれいだ。

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人通りはけっこうあるんだけど。

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ショッピング街に並ぶような高級品の店舗の場合、ほぼ全店で CUC と CUP の両方を利用できるようでした。これはキッチン用品店の価格表。食器用洗剤が日本円にすると100円ぐらいだから、やはりちょっと高いのかなあ。

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歩道の脇にこんなものが。Jorge(ホルヘ)という名前の犬を記念した石碑・・なのかな?El Flaco というのは「痩せっぽち」という意味で、スリムな男性によくつけられるニックネームです。タイキを亡くしたばかりだったから、ちょっとグッときてしまいました。

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広い車道の脇にはこんな巨大な看板。「祖国か死か」(国を守れなければ死を選ぶという意味でしょう)「我らは勝利するぞ!」

すでにご紹介したように、なにしろキューバ国歌で高らかに賛美されてしまうような町なので、あくまでもこの調子なのであった。

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国歌に歌われるだけでなく、キューバの独立宣言を起草したセスペデスもバジャモ近郊の出身です。ここは彼を記念した公園。

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公園の中では、幼児用の馬車・・じゃないな、ヤギ車。ヤギってそんなに力があるのかなあと思ったら、ヤギだけでなく、ヤギ引きのオジサン自身が、けっこう頑張って引っ張っているようでした。

36. バジャモ(Bayamo)

4月16日(土)

なんだかカマグエイが気に入ってしまい、名残惜しかったのだけれど、次の目的地ではキューバ革命当時のゲリラ軍本拠地訪問という、今回の旅行では珍しく「名所旧跡」の観光をする予定があるので、出発です。

例によって Viazul 長距離バスに乗ったら、途中の休憩でオーストラリア人の女性と話がはずみまして。はずんだのは良いことで、オーストラリアを旅行するときのコツを教えてもらったりしたのですが、話はやがて彼女が男運の悪さを嘆く方向へと向かい・・・。

いろいろ聞いてみると、早い話が、男運もへったくれもないのだ。彼女自身に常に不安があり、だれかにつかまっていないと生きてゆけない。で、勢い、「つかまる男なら、より好みしない」になりがちで、当然、男のレベルは下がる。しかも、しがみつかれた男は、たまったもんじゃないので、いずれは逃げてゆく、と。ま、聞くだけだから、いいんだけど。本人にとって重大であることは十分理解できるしね。

でも、「もう、男にはコリゴリ。今は1人で自由にやってるの」と言うので、「こんな遠い国を1人で旅行できるんだから、立派じゃない」と、ちょっとお世辞ぎみのことを言ったら、実は、次の目的地で元カレ(!)と合流して、これから2週間、2人で旅行するのだという。

「よりを戻すとか、そういうこと?」
「その人、ドラッグの問題があって、あんまりいい別れ方しなかったんだけど、今はクリーン(ドラッグをやっていないという意味)だって言うし・・」
「あんた!それ、信じるの?!!!」
「完全に信じてはいないけど・・・チャンスをあげてもいいじゃない?」

こりゃ、ダメだ。

そうしているうちにバジャモ到着。

バジャモは観光客にとってはゲリラ基地観光の最寄り町として知られていますが、キューバ国民にとっては、とても聞き慣れた名前なのです。なぜかというと、キューバ国歌の出だしが、

Al combate, corred, bayameses バジャモの人々よ、戦いに走れ!

という勇ましい文句なので。1868年にスペイン軍と戦ったバジャモ市民を讃えて作られた歌が、キューバ国歌になったのだそうです。

ここでも Lonely Planet の掲示板で勧められた宿に、輪タク(自転車タクシー。bici-taxi)で向かいました。輪タクのおっさん、「いくら?」って聞いたら、指を3本立てたのに、口から出たのは「4 CUC」。嘘だろ~。指、指、と抗議しましたが、結局、けっこう遠かったので、しかたなく4 CUC払った。敗北。

真ん中の緑の家です。

Casa1710153

元々、この家のお母さんが采配を振るっていたのですが、数年前に他界され、今は夫と娘が経営している。私が滞在したときは娘さんはおらず、あまり愛想は良くないが、きちんと世話をしてくれるお父さんだけで、雇われた女性が調理や清掃をしていました。

室内装飾はお母さんの趣味をそのまま引き継いだと思われ、

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室内はこんなガラクタ・・なんて言っちゃいけない。可愛いもの満載です。

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ベッドやカーテンも、パステル調、可愛い~調なの。

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これはすぐそばの教会。この鐘の音がデカくてデカくて、まいりました。夜中でも鳴ることがある。

食事の量がすごすぎる。朝食でもこんな感じ。ひょっとして、ヨーロッパやカナダから来る身長180センチの若い男を基準にしてないか?

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夕食

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いくら私でも、これを完食するのは無理だった。「残しちゃって、ごめんなさ~い」って感じ。

35. トイレの壁画

宿の経営者が外壁の心配をしていましたが、街歩きをしていて、彼の心配が納得できました。

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こんな風にすっかり修復が完成したところもあれば、

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もうちょっとのところで、修復計画が中断してしまったとおぼしき場所もあるわけ。

状況は公共建築物も似たり寄ったりで、ここは Casa de la Diversidad(カサ・デ・ラ・ディベルシダド)という、昔の貴族の館だった美術館です。

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イスラム風の建築様式を取り入れた個性的な外観。青と白のコントラストが美しい。中に入ると、

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壁の修復は終わったようですが、調度品は未完成で、家具が雑然と置かれていたり、工具が散らばっていたりする。ミーティングでもあったのか、プラスチックの椅子が重ねられていたりして。

あまり見るものもなく、外観を見るだけでよかったあ~入館料払って損した~とブツブツ言いながらトイレに入ってビックリ!

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未修復ですが、この壁画!女子トイレに・・・・・。

なにせトイレだもんで、ほかの部分はいかにもトイレという白タイルで、なんだか銭湯の湯船の絵みたいよ。

かくのごとく、Aの次はBに進む、あるべき場所にあるべき物を配置する、というようにきちんと物事が運ばない国で、国民の皆さんはヤキモキと諦めが相半ばする状態ではないかと思います。が、しかし、旅行者はいい気なもので、ガッカリもある代わりに思いがけず楽しいこともあるなあ、というわけ。

その一例。道を歩いていたら、

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建物の角に標識のようなものが。近寄ってみると、

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通りの名前を記した標識に、その名前の由来である神父さんの肖像を掲げていたのでした。

どの通りにもこのように飾りがあれば、町の宣伝にもなると思うのだけれどなあ。日本の地方都市なら、あっという間に町中にトンカントンカン標識を打ち付けて、行政主導で「ストリート名スタンプラリー!さあ、どこにあるか、探してみよう!」なんて企画しそうだよね。

これも思いつきで終わってしまったのか、それとも、いつになるかはわからないが計画は続いているのか・・・。

34. マンゴーおいしかった

町と墓地の途中に Mercado Agropecuario(農産物市場)があります。政府の売り場と生産者直営の売り場の両方があり、前者は「安かろう悪かろう」、後者は「ハイクオリティだが高価」。

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入り口に案内板があって便利。農産物市場という名前ですが、それ以外にもオモチャとか日用品の売り場も少しある。

左上20番の CIMEX は革命軍事省傘下の機関で、正式名称は Comercio Interior, Mercado Exterior(国内商業、外国市場)。国内の民営事業と輸出入を監督すると同時に、独自に銀行や企業数十社を経営しています。

経産省的な役目や国営企業経営が革命軍事省という名称の機関の傘下にあるというのは不思議ですが、キューバの政府機関については不明なことが多く、国民への説明はありません。生産者たちは、とにかく「お上の申し渡し」に従いつつ、隠れて稼げるところでは稼ぎ、というようなことをして、「お上」の方はチョコマカした違反には目をつぶる、ということみたい。

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肉屋さん。

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果物を売っていました。パイナップルをきれいに並べて見栄え良くしているのが、いかにも民営の店です。政府の店ではこんなことしない。

道路沿いの民家に大きなマンゴーの木があり、たくさん実がなっていたので、写真を撮っていたら・・

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その家から若い女性が戸口に現れたので、「いっぱいなってるから、すごいなーと思って」と言ったら、家の中からマンゴーを1個持ってきて、差し出すのです。

実際、マンゴーはいくらでもあるし、どの宿でも毎朝、皿に山盛りになって出てくるほどで、安い果物の代表なのでしょう。日本で言えば、柿の木になった実を通りかかった人にあげるという感覚だと思う。でも、私の頭の中には、日本でのマンゴーの高級果実としての「地位」がこびりついていて、どうしても払拭できない!

「いやいや、それは申し訳ないから」と言って、小銭を渡そうとしたら、彼女は「えっ!これにお金を払うの?」とビックリ。そのやり取りを聞きつけて、お母さん登場。私が「少しだけど、お支払いしたい」と説明したら、お母さん、奥に引っ込んで、出てきたその手には、きれいに洗った、ひときわ大きなマンゴーが2個。

「うわ~。ありがとうございます!」とお礼を言って、お母さんと握手。取引成立。

宿に戻って、いただきました。

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