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43. ディエゴとフリーダ

4月21日(木)

メキシコシティに戻ったのは夜の10時。2度目なのに夜だから街の様子がさっぱりわからず、タクシーの中で、「変なところに連れて行かれても、わかんないよ~」という、何の根拠もない恐怖感を抱いてしまいました。ハバナがいくら開発が進んだとはいっても、やはりメキシコシティとは比べ物にならないわけで(いや、ホント。メキシコの経済発展はすごいよ)、夜の大都会の迫力に気持ちが負けてしまったのだと思います。

でも、もちろん何事もなく到着。ただ、タクシーの運転手が強くチップを要求してきて、感じ悪かった。こういうこと、今回の旅行で初めてだったので、余計に不快でしたね。最後の夜なのでささやかな贅沢で(13,000円ぐらいだったかな) Historico Central という宿を取ってありました。

Mexicocityhotel

こざっぱりしたインテリア。床材、いいのを使っていて、仕上げの塗装もきれい。ホテルの従業員の態度もさりげなく垢抜けていて、やはり都会は違うなあ。

4月21日(木)

朝食付きだったのですが、バイキング形式の朝食で盛り沢山。丸1日分ぐらい食べてしまった。

さて、最終日。初日に見られなかったディエゴ・リベラの壁画とフリーダ・カーロの家を見学します。

早く宿を出たので、ぶらぶら歩く。

Bellasartes1804142

開館前の国立美術館。今日は曇天であります。

Parliament1804112

国旗がひるがえるパラシオ・ナシオナールの側面。

Parliament180411

最初に立ち寄ったときに入れず敗北したパラシオ・ナシオナールに、ようやく入ることができる!

Diego1804111_2

壁画。小学生が社会科見学に来ていました。

Diego1804112

ひどい写真でごめんなさい。でも、たとえプロの写真家が撮影した写真でも、これがどういうものかを伝えることはできないと思いますよ。ほとんど自然の景観のようなものなので。自分の目で見るしかない。

Diego1804113

次は地下鉄でフリーダ・カーロの家へ。これも前回は敗北だったのだ。

Frida1804111

有名な青い外壁。建物だけでなく庭もきれいです。

Frida1804115

「文化人気取りのおバカな連中よりも、大工さんや靴職人の方に親近感を覚えるのよね」とフリーダは言っています。

Frida1804112

「フリーダとディエゴは1929年から1954年までこの家で暮らしました」

ずいぶん長かったのですね。2人の疾風怒濤の愛憎劇をメロドラマのように耳にしていたから、10年ぐらいかと勘違いしていました。

Frida1804113

Frida1804114

これはフリーダのベッド。背中が悪くて寝たきりだった子供時代に、両親がこの天蓋付きのベッドの天井に鏡をつけてくれた。その鏡に映るものを描いていたのだそうです。

フリーダは若い人たちに絵を教えていたのですが、存命中の元の教え子たちにインタビューしたビデオもありました。絵の技術を教えるだけでなく、子どもたちを美術館に連れて行き、優れた芸術作品を鑑賞させるなど、とても楽しい教室だったようです。

市の中心部に戻ったところで雷雨!美術館の前で雨宿りです。

Bellasartes1804141

雷雨が小降りになって、そろそろ夕方。

Rainy180414

警備員らしき方も雨に濡れていました。

さて、ユカタン半島のマヤ文明遺跡からキューバの田舎町、芸術都市メキシコシティと、今回は内容が多様でありました。普段の旅行の2回分ぐらいの印象があるなーというところで、メキシコ+キューバ旅行も終わり。

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