ナミビア旅行2009

第38回:ワイルドドッグとお別れ

ナミビア旅行のハイライトだった砂丘見学を終えた後では、ちょっとインパクトに欠けるのですが、恐竜の足跡を見たり、

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渓谷を探検したり。

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こんなカラカラに乾燥したところですが、雨期には、今、人が歩いているところは川になり、頭よりも上の位置まで水が来るそうです。

途中で立ち寄った店にかかっていたデジタル気温掲示板を見たら、ただ今の気温は40℃!キャンプに帰って、そりゃあっと、プールに飛び込んだ次第です。

さて、今夜がワイルドドッグのキャンプ最後の夜ということで、カメラの動画機能を使い、皆さんのインタビューをする人がいたり、メールアドレスの一覧表を作ったり。

あっ。そうそう。恋人がゲイだったという経験をお持ちのジョージーナ嬢。この夜は、歌ではなく、恋人探しにまつわる別の話をしてくれました。

男友達に「いいヤツだから、連絡してみて」とメールアドレスを渡され、何度かメール交換をし、写真も交換して、「ユーモアがわかる、いい感じの人。音楽の趣味が合ったのが、決定的だったかな。それに、絶対、ゲイじゃない!」と確認した後で、夕食でも、ということになった。

約束したレストランに行くと、相手はすでにテーブルについていて、二言三言、言葉を交わした後で、何を食べようかあということになり、メニューが彼の近くにあり、店内の照明が暗くてよく読めないので、「メニューを読んで」と言ったら、相手が奇妙な表情に。

「顔を合わせれば、わかるかな、と思ったんだけど」と、相手は緊張した口調。え?と、反射的に顔を突き出して、暗い中でまじまじと彼の顔を見て、ようやく気づいた。

「目が見えない人だったんだよね」

何と言えばいいのか、頭の中がグルグル。

でも、とりあえず疑問が。紹介してくれた男友達が何も言わなかったのも不思議だけれど、何度もメールのやり取りしたのに、なぜ、こんな大事なことをおしえてくれなかったのか。それを相手にたずねると、

「ぼくが盲人だと言ったら、会う気になった?」

そう聞かれて、顔が凍り付いてしまったそうです。

「もちろん会うわよ、と言えれば良かったのかもしれないけど、そうは言えなかった。自分に正直であろうとすれば、そんなこと、言えないよ」

こんなしみじみした話で、ギターの音も、やや寂しげ・・。

さて、翌朝。最終日です。昨夜のうちに徴収しておいた、ヴィレムとカレブへのチップの進呈式を執り行いました。いつの間に用意したのか、ジョージーナが赤や青のペンで名前を書いた2つの封筒を取り出し、そこは弁護士のことですから、なかなか雄弁に、メンバーを代表して、お礼の言葉を述べてくれました。

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これが出発前。きれいに片付いた様子です。ホコリで白くなった車の後ろに、カレブが指で LAST DAY OF OUR 14-DAY TOUR と書いたりして。

この後は、飛行機の時間も気になるしということで、ウィントフックまで、ビュンビュンとばし(とばしながらも、キツネとかクードゥーとか、いろいろ見て)、ウィントフック市内では、各人の都合の良いところで降ろしてゆくという手順で、アタフタとお別れになりました。

皆さん、さようなら。14日間、楽しかったね!

私はこの後、夜行バスで南アフリカのケープタウンに向かいますが、とりあえず、旅行記はここで終わりということにします。ケープタウンについては、また別に。

第37回:アンズ色の砂丘

9月29日(火)
4:30起床!真っ暗で~す。しかも寒いで~す。12、3度ぐらい。

でも、もちろん全員、目はパッチリ。これから、このツアーのハイライトのひとつである砂丘へ赴くのである。5時出発。ああ、ドキドキ。

ところが、砂丘に着く前に、すでにビックリの出来事が。

車の周囲は真っ暗で、ヘッドライトに照らされた前方の道が見えるのみ。どんなところを走っているのかも全くわからない状態です。そこへ、細目に開けてあったいちばん前の窓に、突然バン!と何かがぶつかったと思ったら、ドサッと車内に飛び込んできた。全員ユニゾンで「ギャーッ」!

フクロウだっ!

車内騒然。フクロウもパニックで、大きな翼をバサバサ羽ばたかせる。窓、窓!という声が上がり、だれかが窓をさらに大きく開けると、フクロウは相当グロッギーな様子でフラツキながらも、飛び出して行きました。

いやー。ビックリ。フクロウが車にぶつかってきたと言うよりもむしろ、夜の狩りの最中だったフクロウを車が追い越しかけ、どういうわけか、車内に吸い込んでしまったようでした。

そうこうするうちに、砂丘のある国立公園のゲートに到着。東の空が白んでくる。我々の車を先頭に、後ろに続々と他の車が並び始めた。夜明けに開くと聞いていたし、ゲート脇には係官がもう来ているのに、ゲートは開かない。

これはないんじゃない?と、車内で口々に言い合っていたら、ボブがスックと立ち上がり、車を降り、ゲートへ向かう。「行け行け、ボブ!」と、みんなで拍手して応援。

ボブはゲートの外から係官を呼び、大きな身ぶりで太陽を指さし、両腕を振り回し、掛け合ったのですが、係官は首を振るばかり。7時にならないと開けないのだそうで、残念。

ようやくゲートが開き、砂丘へ。ほわあああああ。

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アンズ色の砂と青い空の配色が絶妙。国立公園内にはいくつもの砂丘があり、名前がついています。

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ここ全体の呼び名にもなっている、Sossusvlei(ソススフレイ)。vlei は季節によってできる湖のこと。こんな砂だらけのところなのに?と思うかもしれませんが、ここはツァウチャブ川の下流域にあたり、雨期には、ここまで水が来ることもあるのです。完全な砂漠ではないことは、植生があることからもわかるね。

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ダチョウの群れもいるし。

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こんなのも、たくましく生きています。現地ではトク・トッキーと呼ばれていた。砂に点々と模様があったら、これが歩いた跡です。

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Deadvlei。上の場所から20分ほど歩いたところにあります。これは遠景で、さらに近づくと・・。

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白っぽい部分の中に入ると、こんな感じです。

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よく広告に使われる場所。ニョキッ、ムニョッと立っている木は、いわば立ち枯れ状態と言いますか、900年前に枯れた状態のまま、表面が石灰化した状態で立っている。

風の音以外は完全な静寂です。チラホラ観光客はいたので、声が聞こえても良さそうなものですが、この光景に圧倒されたのか、みな無言で、夢遊病者のようにふらふらと歩き回っている。

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さて、ここの砂丘は最高300メートルと、世界でも最も高い部類に入りますが、Dune 45 という高さ170メートルの砂丘のみ、登ることが許可されている。ここまで来たら、登らない手はないでしょう。下の写真の稜線に、小さくポチッポチッと黒い点があるでしょ?(クリックして拡大するとわかるかな?)それが歩いている人たちです。

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そこで、そのままさんも果敢に挑戦したのであります。写真では音が聞こえないし、周囲に木々がないので、わかりませんが、稜線では相当の強風が吹いているのです。

一歩踏みしめるたびに、足が砂にズブズブ沈み込み、次の一歩のために、足を砂から引き抜くのに一苦労。風に吹かれた砂粒が顔にバチバチ当たる。時間にすれば数十分ですが、かなりの難行苦行であります。仲間の中では結局、デイヴィッドと私とジョージーナの3人だけが登頂に成功しました。

いや、白状しましょう。私は途中でくじけそうになったのだ。

ところが、ご覧の通り、砂丘の稜線を一列で登るわけですから、脱落するときは、後から来る人の邪魔にならないように、横にそれなければならないし、前後の人に一言、声をかけた方が良さそう。それで、

「あのね、私、もう、下にね・・」

と、前にいるデイヴィッドと背後にいるジョージーナの両方に言いかけたのだけれど、2人とも、人の言葉なんか耳に入らない様子で、鬼のように必死で登っていて、「あら、なんだかコワっ・・」というわけで、降りるのをあきらめたのでした。負けず嫌いな2人のおかげで、私も頂上に立つことができ、3人でバンザイ!

登りはつらかったけど、下りは実にラクチンで、しかも、とっても楽しい。稜線を歩いて下る必要はなく、横の斜面をピョーンピョーンと、ウサギのように跳ねて降りればいいのです。下は砂だから、いくら跳ねても、着地は全然、足に響かない。転んでも支障はなさそう。5分ぐらいで下まで降りてしまいました。

いやいや、砂丘は初めての経験でしたが、面白いねー。登りがもうちょっと楽なら、何度もやりたかったな。

帰りがけに、前方から日本人観光客のツアーがやって来ました。先導する女性添乗員以外はほぼ全員、中高年の集団。日本人で9月末にナミビアくんだりまで来られるのは、この年齢層とフリーランサーぐらいなんでしょうね。

激しい日差しの下で砂の中を歩き、だいぶお疲れの方もおられたようで、長~い、途切れ途切れの列になっている。Deadvlei へつながる道で、添乗員さんから数百メートルも遅れてしまった人たちとすれ違いかけたら、60代とおぼしきご夫婦が、 「この先、何があるのかしら」「また同じような砂丘なんじゃないかあ」「行く~?」などと言って、脱落寸前。

これはイカンなあと思い、すれ違いざま、

「この先は、全然違いますよ!もうちょっとですから、ここまで来たら、最後まで行かないと、もったいないですよ!」

と、激励。というか、一喝!かな?

あら、そうなの?なんていうことになり、皆さん、ちょっと元気が出たみたい。良かった、良かった。

突然、日本語で大声を出した私に、仲間たちは、「ありゃっ!今の、日本語?」とビックリ。でも、おかしかったのは、「疲れたから、もう行きたくないと、あの人たちが言っていて、ぜひ行きなさいって、励ましたんでしょ?」と、完璧に内容を把握していたこと。

「なんでわかるのー?やっぱりわかるかなあ?」と、私が大笑いしていたら、さらに、ダイアンが、「そのままは気づかなかったみたいだけど、ついて来ない人がいて、添乗員さん、困っていたみたいだから、感謝してるんじゃない?」だそうで。言葉が必要ない状況というのは、確かにありますね。

第36回:南回帰線

大西洋岸から内陸に向かい、車は徐々にナウクルフト山地に入って行く。またまた周囲の地形がガラリと変わり、クネクネ折れ曲がる山道の両側は、褶曲が目立つ岩山。

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天気も朝の寒々とした陰鬱な空から一転して、焼け付くような日差しです。岩がせり出して日影になった場所で、お昼ご飯。

次に立ち寄ったのは南回帰線が通っている場所。南回帰線は南緯23度6分にあり、北半球の冬至に、太陽が天頂からここを照らします。これと対になる北回帰線との間は、1年中、太陽が天頂から照らすので、気温が高く、この領域が熱帯になります。

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う~ん。おばさん、ありがちなハシャギぶりですね。いかんなあ。いくら一生に一度の経験かもしれないと舞い上がったとしても、恥ずかしいことです。

ちなみに、tropic というのはギリシャ語の「帰る」という言葉に由来し、回帰線のこと。太陽はここまで来たら、それ以上は進まずに逆戻りするからでしょうね。capricorn の方は星座の山羊座のことで、古代バビロニア時代に、冬至点が山羊座の位置にあったからだそうです。

遠景の山々以外には何もないところで

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この日の宿泊地はアガマ・リバー・キャンプ(Agama River Camp)。

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ナミビア観光最大の呼び物である砂丘へ向かう拠点としては少々遠いのですが、シャワーやトイレの数も多いし、プールもついている!

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という設備の良さが人気で、砂丘観光のツアーによく利用されているようです。Agama という名前の由来はこれ。

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ヘレン、ジョージーナと私の3人で、プールで泳いでいたら、2人がまたまた、デイヴィッドのことで文句を言う。

何かと言いますと、これはツアーに参加したときの定番ともいえる問題なのですが、チップ。これまでも、オカバンゴのガイドたちにいくらチップを渡すかを話し合ったときに、イギリス娘たちはかなり高い金額を提案したのに対し、デイヴィッドは、

「いや、ワイルドドッグのパンフレットやガイドブックに書いてある標準金額は、多めに書いてあるに決まっているから、それよりも低い金額でいいんだよ」

と主張し、意見が割れたのです。そのときは、そもそもボツワナのお金を持っていない人もいたりして、各人が持っているだけ出すということになりました。今回は、そろそろツアーも終わりに近づき、ヴィレムとカレブへのチップの額を決めなければならない。それでまたまた、デイヴィッドは渋いことを言う、と。そのままはどう思う?と2人に聞かれて、

「彼はケチなんじゃなくて、理屈っぽい性格だから、適正な金額にしたいんだよ。チップの額を無意味に上げることは、観光業界全体にとっても、いいことではないから」

と言ったのですが、

「でも、私たちだって、まあまあ妥当な金額を提示したつもりなのに、ぜんぜん合わせてくれないじゃない。それに今日も、自分の買ったビールがなくなったとか大騒ぎして、何様だと思ってんのよ!」

う~ん。要するに、「自己チュー」ということなんだな。確かに、「あれが見たい」、「ちょっと止めて」とか、要求は多い人なんだけど、でも、それと同じくらいに、他の仲間やヴィレムに進んで手を貸してくれて、いい人なのになあ。ま、団体ツアーだと、こういうことはつきものですね。

夜は満天の星空!みんなで星座探しをしたんだけど、なにしろ普段は見えない小さい星まで見えてしまうから、どこからどこまでが星座なのか、区切りがわからない。天の川なんて、ボワボワーっと広がって、まるで雲みたいです。

夕ご飯はスパゲティボロネーゼと、ミニカボチャにコーンを詰め、ホワイトソースをかけて蒸したもの。旨かった・・。

キャンプファイヤーを囲み、ジョージーナのギターに合わせて歌いながら、夜が更けてゆきます。さあっ!いよいよ明日は、砂丘だ!

第35回:ベイエリア・・って感じ?

9月28日(月)
久しぶりのベッドで、「安楽、あんらくううう。いつまでも寝ていたい」と思いながら眠りに就いた割には、5時に目覚めてしまった。B&Bの食堂で朝食を取り、8時出発。途中、例によってスーパーでガソリンと食料を調達するというので、1時間、自由行動になり、ネットカフェでメールチェックしたり、郵便局で記念切手シートを買ったり、アタフタ。

9時20分出発。ワルビスベイという湾に向かいます。気温が13℃と相当下がっており、それに対して海水温は14℃とのことで、行く手は深い霧に包まれ、やがて手までジメジメしてきたのには、ビックリ。車は最徐行で、のろのろと進む。デイヴィッドが、

「そうか!砂漠の動物や植物は、これで生きてるんだな!」

なるほど。例の変な植物「奇想天外」も、地下水に加え、こういう水分を吸収して生き続けているのでした。

やがて前方が開け、海には・・

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点々と・・

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フラミンゴ。ラッキーでした。フラミンゴが見られるシーズンの終わりにあたるので、ヴィレムから「いないかもしれないよ」と言われていたので。

霧の中をそぞろ歩きするうちに目に留まったのが、海岸沿いの道路を隔てたシャレた家並み。豪邸とは呼べないものの安普請ではない家が並ぶ、高級住宅地でした。不動産屋の写真を借りると、こんな家です。

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ご参考までに、下の家の売値はナミビアドルで155万なので、日本円にすると1860万円ぐらい。ベッドルームが5室だそうで。広いね。こういう家が並んでいるので、ベイエリア風です。いや、まあ、地名は本当に「ベイ」なんだけどね。

そのまま「どういう人たちが住んでいるの?」
ヴィレム「99%以上は白人所有だね」

ナミビアの都市部では、約34%がスラム居住者であるという、厳しい現実があります。この数値は徐々に低下しているので、良い方向に向かっているとは思いますが、人種間の経済格差を早く解消しないと、人口の約90%を占める黒人の間に不満が溜まりはしないかと。独立から約20年が経過します。「そろそろ目に見える形で格差が減ってもいいんじゃないか」と思うのが普通ではないかなあ。

第34回:久しぶりのレストラン

仲間たちはそれぞれに時間を過ごし、夕方に三々五々と宿に戻ってきました。

3人娘も戻ってきて、ジョージーナに「遊覧飛行はどうだった?」と聞いたら、「すごい景色だったよ!砂丘も真上から見たし」と言うのだけれど、なんだか普段よりもさらに顔が白いような・・。

すんごく揺れて、3人とも気持ちが悪くなり、特にヘレンはゲーゲーになってしまったのだ!そこへヘレンが現れ、顔が蒼白。でも、セスナから降りたら、すぐに気分は良くなったとのことで、大きな体を左右に揺らし、長~い手をヒラヒラさせて、

「こ~んな感じで、ジェットコースターよりひどかった。揺れが不規則だから」

と、身ぶり手ぶりを交えてご報告。

でもまあ、みんなシャワーを浴びて、ちょっと一休みしたら、すっかり回復し、夕食は久しぶりにレストランで外食。ライトハウス(「灯台」ね。灯台のそばにあるという、芸のない名前ですな)という、ファミレスのリゾート版という感じの店。けっこう混んでいたから、土地の人の間で評判が良さそう。

前菜として、2人がガーリックブレッドを頼んで、みんなで分けようね、と言っていたら、出て来たのが、これ!

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えっ!ピザじゃないのか?という感じで、全員、大爆笑!とにかく食べなきゃしょうがないんで、「これだけでお腹がいっぱいになる」と言いながら、みんなで食べましたけどね。

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ダイアンがメインとして頼んだのは、これ。何の肉かというと、ウフフ。これです。

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菜食主義者のヘレンは、「えっ!オリクス、食べるの?そ、そんな・・」と、ほとんど涙ぐみそう。でも、ダイアンは「一生に一度のチャンスを逃す気はないからね!」と、ヘレンの抗議をものともせず、挑戦です。見て。このうれしそうな顔!

私は、せっかく初めての南半球で、海辺に来ているので、南半球でしかとれない魚をということで、キングクリップという魚にしました。このあたりではごく普通の食用魚だそうです。大味だったけど、あまりしつこくなくて、ご飯のおかずにいいかな。生きているときの姿は、こんな風。

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第33回:ナミビアの葉山

臭いアザラシ群生地を後にして南下。だんだん天気が良くなり、雲間から太陽が顔を覗かせると、体で陽の当たる部分はヒリヒリ熱く、当たらない影になった部分はヒンヤリという、不思議な感覚。体の左と右で温度が何度か違う感じ。海上では、ケープコモラントというウミウの仲間が、空が黒くなるほどの大集団で飛んでいる。

お昼過ぎに着いた次の目的地はスワコプムンドという、ナミビアで首都に次いで大きな町。首都のウィントフックも、なんだかアフリカとは思えぬイメージの町でしたが、ここはさらにアフリカ離れ。こんな感じ。

Swakop1010

ここはウィントフックから西へ280キロの大西洋岸沿いにあるリゾート地で、夏には(日本の冬ですけどね)首都から都会人たちがドッと避暑に押し寄せる観光地であります。ただ、このときはシーズンオフで、人影もまばら。上の写真はドイツ占領時代の建物ですが、最近は、このゲストハウスのように、アフリカ風に建てるのがオシャレみたいです。

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いかにも観光地というチープな雰囲気のレストランやみやげ物屋があるだけで、町中に消毒液でも振りまいたような、リゾート特有の味気なさの町なのですが、われわれワイルドドッグの仲間は全員、ここに来るのをとても楽しみにしていたのであります。なにせ、今回のツアーで唯一、ホテルに泊まれるのだ!

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もちろん、高級リゾートなどではなく、アマンプリというB&B(ベッド&ブレックファスト)。でも、ベッドがあって、シャワーがあって、それだけで十分ラブリーですよ。これまでずっと、テント暮らしだもん。それに、テントの場合と同じように、1人で参加した人はツインルームを1部屋占領できるので、なおさらゆっくりできます。

ここでは、セスナに乗って上空から大西洋岸の砂漠や海岸を見るというオプションがあったのですが、3万円ぐらいするし、私は鉄道駅を見学したかったので、パス。ボブとアンの夫婦は(さすがに)お疲れということで、パス。デイヴィッドも、「それだけの料金を出す価値があるかな~?」と、いかにも彼らしく首をかしげ、パス。結局、英国3人娘だけ参加。

私は大量の洗濯を済ませ、シャワーを浴びてさっぱりしてから、いそいそと鉄道駅へ向かいました。

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残念ながら、今はほとんど客車は通らず、ほぼ貨物用の路線になっています。何を運ぶのかなあと、ボンヤリ周囲を見渡していたら、駅の横で子どもたちが遊んでいる。ありゃ?

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塩でした。ここの数キロ北に、海水から天日干しで塩を生産する場所があるのだそうで。次の列車を待っているところかな?

ピーターズ・アンティークスという、キーリングつきボールペンのような安物のみやげ物から、1体数十万円の木彫品という、本当の骨董品まで、雑多なものを並べた店があって、そこで20世紀初め頃の鉄道時刻表など、数点を購入。

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店主の兄さん(写真の方)に話を聞いたら、ピーターというのは彼の父上で、そもそもは趣味でアフリカの民芸品を収集していたのでそうです。だから、今もナミビアだけでなく、西アフリカなんかの民芸品も置いている。で、趣味が高じてというヤツで、ついに1983年に、店を開いてしまった。

ムムム・・。1983年といえば、まだ南アフリカの支配下にあり、南西アフリカ人民機構(SWAPO)の戦闘部隊だったナミビア人民解放軍が、独立を目指す武力闘争を繰り広げていた頃です。父上は当然、白人なわけだけれど、ドイツ系やポルトガル系などの白人の中には、SWAPOと共闘した人たちもいたので、さて、どちら側だったのか?その辺、ちょっと微妙なので、なんとも言いようがなく、

「その頃とは、すごく変わったんじゃない?いろんなことがあったんだよね?」と聞いたら、彼は少し胸を張り、

「そりゃーもう!なにしろ、ぼくらは独立したんだからさ!」

というわけで、ボツワナで会ったジンバブエ生まれの白人男性と同じく、この人も「アフリカ人」なのでした。

でも、単純な話でないことは確かです。独立前、南アフリカ政府はナミビアにもアパルトヘイトを持ち込み、この町でも、居住区が白人用、カラード(混血の人たち)用、黒人用に分けられ、インフラなどは当然、その順に劣悪になるという状態だったわけで。黒人の子どもたちは教育も受けられなかったし。

しかも、16年前に独立してからは、そんな法律はなくなったにもかかわらず、それらの居住区間では、いまだに人の移動がなかなか進まない。教育もお寒い状態です。国民の半数は、米ドルで1ドル25セントという国際貧困基準ライン以下で生活しているのですが、その「半数」が黒人であることは言うまでもありません。

最初の方で紹介したヤバいニイちゃんの口調からもうかがわれるように、人種間の緊張関係は根強く残っているのでして。アフリカ生まれの白人たちが、「俺たちだってアフリカ人だ」と、いくら主張しても(法律的には正しいしね)、黒人からは「俺たちが差別に苦しんでいたときに、おまえらはのうのうと白人として特別待遇を受けておいて、ナミビアが黒人の国になったら、今度はヘラヘラと俺たちにすり寄ってくるのか」と言われてしまいそう。

高校の横を通りかかったら、ちょうど日曜ということで、生徒たちが寄宿舎の門のそばでたむろっている。大音量でラップミュージックをかけて、女の子たちがヒップホップの練習をしていました。最近は、どこの国に行っても、若者の行動がよく似ている。

第32回:大西洋

9月27日(日)

今日は西に方向を変え、岩と砂の世界から一転して、海へ向かう。大西洋です。目的はアザラシの群生地。

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今にも一雨来そうな曇天の下、荒れ気味の海。海鳥が飛び交うその下に、数百頭(もっといるかも)のアザラシがウジャウジャ。木製の見学者用通路があり、そこから先は立ち入り禁止です。

Seals0713


1頭1頭のアザラシは可愛いのだが、それにしても、うう~ん・・。臭い・・。

クサヤの専門店に足を踏み入れてしまったのではないかと。その手の臭いです。鼻が曲がりそう。

臭い上に、うるさい。何を大騒ぎしているのかというと、ケンカもあるみたいですが、こんなことも。

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うわ~ん。おかあちゃ~ん。はぐれてしまったのでした。で、ビャービャー泣いては、そばにいる大人のアザラシのところに寄って行くのですが、

「ギャオッ!ギャオ~~~!」(翻訳:うるさい!あんたはうちの子じゃない!あっち行け!)

冷たい。

海岸に行くと、なんとなく、何か拾ってみたくなりますよね。仲間たちも、それぞれブラブラ散策しながら、海藻を拾ったり、きれいな石を拾ったりしている。私はちょこっと、収集に励んでみました。

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アザラシの骨だと思う。きれいなもんです。

アフリカ旅行番外編:オカバンゴvsエトーシャ

次の旅行はボツワナにしようか、ナミビアにしようか、とお悩みの皆さま!・・が、日本中に何人いるかは定かではありませんが、判断基準は旅行の目的ですね。アンズ色の砂漠を見たいのであれば、ナミビアしかありませんから。でも、野生生物を見ること、そして野生生物が暮らす自然そのものが目的であれば、文句なく、ボツワナです。

それはどちらに動物がたくさんいるかとか、珍しい動物がいるとか、そういう理由ではない。国の方針の問題。第10回で書いたように、ボツワナでは野生生物が貴重な観光資源であり、徹底した保護を加えています。だれでも簡単に行けるようにはしていないのです。オカバンゴは水域ですから、ガイドやポーラー(丸木舟の船頭さん)を雇わなければならないし、他の国立公園も、行きにくいところが多い。その結果、お金はかかるし、時間はかかるし、ガイドを雇わなければならないし、面倒。でも、自然の中にひたることができる。

それに対し、ナミビアでは、第25回でご紹介したように、レンタカーを自分で運転して国立公園に入ることができます。ガイドやドライバーを雇わずに、自分たちだけで自由に動ける。観光客にとっては、うれしい選択肢ですよね。でも、それでどうなるかというと、自然や野生生物の知識のない人たちが、国立公園内をウロウロすることになってしまうわけ。

私はハイシーズンをはずした時期に行ったので、エトーシャ内のサファリで、1カ所に何台もの車が集まるようなこともなく、キャンプ場以外では他のグループに出会うこともなく、とても快適だったんですけどね。でも、いちばん混む夏(ナミビアでは気温が下がる時期ですけど)には、5月ぐらいにキャンプ場の予約が埋まるそうですから、南アフリカから家族連れがワンサと押し寄せたりして、状況は一変すると思う。

オカバンゴの静寂の中で、水面をゆらゆらと揺れながら、沈む夕日を見つめるというのは、格別な感慨があるわけで、雰囲気を味わうなら、オカバンゴに軍配が上がります。自然の中に、ちょっとお邪魔させていただく、という謙虚な気持ちになる。ゾウを観察するときの、あの息を潜めるという感覚は、他の何にも代えがたいですね。

第31回:岩登り

社会科見学を終え、さらに南下。ここは砂漠の環境に適応したゾウの集団が生息することで有名な土地で、こんな道路標識が・・

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いや、まさか、昼間にゾウが見えないってこたあないと思うけれど、たぶん、夜間のための標識です。ぶつかったら、車の方がひっくり返ってしまうからね。

次は大西洋岸の海岸へ向かうのですが、その途上、川沿いで1泊。川と言っても、なにしろ乾期の真っ最中なので、

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こんなチョロチョロです。そもそも乾燥した気候なので、周囲の木は地下水を根で吸い上げて生きている。ところが、これが雨期になると、一気に水かさが増し、川岸まで水があふれることもあるとのこと。宿泊したキャンプ場では、盛り土をしてテントを張る場所を作っていました。

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シャワーとトイレも、こんな風に高床式。

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こちらはキッチン。ここは Madisa Campsite という新しいキャンプ場で、ワイルドドッグも初めて利用したそうです。なかなか使いやすくできていましたね。でも、雨期にはどんな様子になるのか、その辺がやはり心配かな。

周辺は巨岩がゴロゴロというか、ニョキニョキというか、とにかく岩が林立する不思議な地形で、となれば、やっぱり登ってみたくなるのが人情ではないかと。

というわけで、ジョージーナ、ヘレンと私の3人で、ヨイショヨイショと、手も使いながら、岩登り。ジョージーナは負けず嫌いだから、相当高いところまで、ガンガン登るのに対し、ヘレンは長身で、簡単に登れそうなのに、適当なところで、ま、ここでいいかな、とストップ。こんなところでも性格の違いが表れるのが面白いところ。

私はどうかというと、上ばかり見ていて、高いところに登ったのはいいが、短い脚のせいで、降りるのが難しくなり、ヘレンに手を貸してもらう羽目に。う~ん。やはり性格が表れる・・ということかな。

私たちの後から、ボブも登ってきて、

(年寄りの冷や水・・)

と、たいへん失礼ながら、ヒヤヒヤして見ていたのですが、ゆっくりゆっくりと、でも、難なく、隣の岩のてっぺんまで登ってしまいました。

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なにやら坊さん風になっています。

夕食前に、ビールを飲んだりして、まったりしていたら、アンがカマキリを見つけました。べつに普通のカマキリなのですが、イギリス人たちは大騒ぎでカメラを取り出し、カマを構えたところを何枚も激写。

「そのカマキリ、なんか変わったところがあるの?」と聞いたら、イギリスにはカマキリはいないので、とても珍しいとのことでした。カマキリなんて、いちばん普通の昆虫だと思っていたから、これにはちょっとビックリ。でも、考えてみたら、確かに夏の虫という感じがするから、寒いところにはいないかも。

 

第30回:ロックアート

まだまだ社会科見学は続く!

ナミビアで初めて世界遺産に指定されたのが、トワイフェルフォンテインという場所です。こんな岩だらけのところで、なぜここが世界遺産?と思うわけですが、写真左下にある岩を見ると、表面に何か落書きでもできそうな感じ・・・・

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昔の人もそう思ったらしい。それでカリカリと岩を引っ掻いて描いたものが、後世の我々への遺産になったんですな。ありがたいことです。

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(画像をクリックすると拡大されます)

昔、ここで暮らしていた狩猟採集民族が遺した壁画と言いますか、いわゆるロックアートです。10世紀頃まで2000年間にわたり描かれたもので、トワイフェルフォンテインを中心とするクネネ地域に2000点以上も見つかっているとのこと。

ただし、これは落書きではありません。キリンなどの動物たちを生き生きと描写した素晴らしい絵画であり、立派な芸術であるというだけでなく、実用的な価値もあった。

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丸があるでしょ?それは水場で、どうやら、狩りの獲物が、どの時期に、どの水場に集まるかという説明らしい。動物の足跡もたくさん彫られている。というわけで、岩を教科書のように使っていたんですね。

それ以外に、まじないに使ったのか、あるいは、お祓いをした様子を記録に残したのか、こんなのもあります。

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(画像をクリックすると拡大されます)

下の中央にいるライオンの尻尾が人の手みたいになっていますね?ライオンの足も、なんだか人の手みたいでしょ?これ、ガイドさんは「ライオン・マン」と呼んでいましたが、まじない師にライオンの魂が乗り移ったところなのだそうです。

こんな強い日差しの下で、何千年もよく残ったね~と感心したのですが、考えてみたら、そうではなくて、もっとたくさんあったのが、ほとんど風化してしまい、ようやく残ったのが2000点余り、ということなのかもしれません。

ちなみに、トワイフェルフォンテインは「疑わしい泉」という意味のアフリカーンス語で、雨量が少ないことを表した地名だそうです。でも、こんな乾燥して、ひたすら太陽がギラギラの場所にも、動物はいるのです。

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ケープハイラックス。岩陰で休憩中。

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