旅の豆粒ヒント

旅の豆粒ヒント(20):パスポート

フリーランスという仕事柄、仕事を引き受ける前に納期や契約条件のチェックが不可欠という事情があり、日常生活でも一覧表を作ったり予定を確認したりすることが習慣化しています。

そんなわけで、旅行前の持ち物チェックは欠かせません。持ち物リストの筆頭はパスポートですよね。2番目が飛行機のチケットです。早い話が、この2つとお金(またはクレジットカード)さえあれば、手ぶらでも海外旅行はできるわけで(ビザの必要がない国になら)。

実際、私自身、ロンドン乗り換えでローマに行ったときに、ローマに到着したら、預けた荷物が出てこない。ロンドンで乗り換えのときに別の便に乗せられてしまったのでした。で、ローマで丸々1日、パスポートと財布ぐらいしか持たずに過ごしたことがあったけど、べつに困らなかったもんね。

さて、パスポートの必要性を知らずに出国しようとする人は、まずいないでしょうが(どこかには、いそうな気がするけど)、注意が必要なのはパスポートの期限です。

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普通は確認するものですし、飛行機のチケットを買うと、「パスポートの日付を再確認してね」なんていう注意書きがついてきたりするので、普通は大丈夫。でも、実際、こんな例を目撃したことがあるんですよ。

成田で搭乗が始まるのを待つ間、隣の搭乗口の方がすいていたので、そこの椅子に腰掛けていました。そちらで搭乗が始まり、どこかの旅行会社のツアー客がゾロゾロと搭乗口に吸い込まれて行く。ある程度進んだところで、航空会社の社員が1冊のパスポートを掲げ、他に数名(旅行会社の社員?)を従えて走ってきて、搭乗口には空港職員もワラワラと集まり、なにやら興奮した雰囲気が。

走ってきた人がパスポートを開き、それのどこかを指さして、他の人たちに説明しています。「どうして・・・!?」とかいう言葉が漏れ聞こえて。

そうしているうちに、自分の飛行機の搭乗時間がせまってきたので、そちらの搭乗口の前に席を移したのですが、そのときに近くの席にいた人たちが、お隣の事件について情報を仕入れてきた様子。それによると・・

ツアー客の1人のパスポートが、帰国前に期限がきてしまう!

はああ?だよね。

だって、ご本人はうっかり気づかなかったとしても、団体旅行なんだから、旅行会社の社員がパスポートを預かり、チェックするでしょ。その後、搭乗券を発券する航空会社の社員だって、チェックするでしょ。出入国審査の係官だって、近日中に期限が来るのだから、「大丈夫ですか?」と一言、注意したってよさそうなもの。

でも、団体旅行だからこそ、なのかもね。ご本人は「なんでもかんでもゼーンブ、旅行会社にまかせておけば大丈夫さあ」と信じ込み、旅行会社の社員は流れ作業的な仕事の中で、うっかり見落とし、航空会社の社員は、旅行会社からドサッと一度にパスポートを渡されて、いちいちチェックすることを怠り、というわけで。

その後、その方がどうしたのかはわかりませんが、こういう場合は、旅行先の国の在外公館に新しいパスポートの発行を申請すればいいのだと思います。手続きは添乗員さんが全部やってくれるのではないかな。緊急ということで、すぐに発行してくれそう。

大問題ではないとしても、やはり面倒なものですから、帰国日までパスポートが有効であることは確認しておかないとね。それに、国によっては、その国への入国予定日から一定期間後(例えば半年とか)まで有効なパスポートを持っていないと入国させないという規定があるので、それも要注意です。

旅の豆粒ヒント(19):熱帯アフリカに旅立つ前に

今回の旅行先は国土を赤道が横断する熱帯アフリカの国、ウガンダです。

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2年前に南部アフリカのナミビア/ボツワナを訪れましたが、アフリカと一口に言うことは無理で、国によって気候風土も歴史も文化も大違いです。それはアジアにインドも中国も含まれているのと同じ。

こういうことって、だれかに指摘されるまでは気づかないのですが、例えば、イギリスで、知識層ではない普通の庶民が「アジアでは云々」と言うときは、インドなどの南アジアを指すのが普通で、日本人はビックリします。だから、「アフリカでは」なんて一括りすることは無理。

そんなわけで、感染症予防という点でも大違い。前回もマラリア予防薬は服用しましたが、マラリア危険地帯の辺縁部分にあたり、危険地帯にいた期間は短く、あまり心配はしませんでした。

今回は「本気」です。マラリア危険地帯のど真ん中だし、マラリア病原体を媒介するハマダラカが増える季節でもあります。しかも、世界一周旅行途上のご夫婦が二人ともマラリアで亡くなったという訃報も耳にし、あらためて身の引き締まる思い。

それに加え、2010年に北部地域で黄熱病が発生しています。北部には行かないので、たぶん大丈夫だし、入国の際に黄熱病の予防接種を受けたという 証明書を提出する必要もないのですが、念のために受けることにしました。それと、もっと前に受けるべきだったA型肝炎の予防接種も、思い立ったが吉日とい うわけで、受けてしまいました。

ここに書き留めておくと、どなたかのお役に立つかもしれないので、マラリア予防薬の入手方法と予防接種を受ける手順をご報告します。

<マラリア>
勘違いしている旅行者がよくいますが、マラリアにはワクチンがありません。ビル・ゲイツがワクチン開発に莫大な私費を投じてい るようですけどね。予防薬と治療薬はありますが、どれも絶対ということはないので、予防薬を服用した上で、とにかく蚊に刺されないようにすることが重要。

予防薬はメフロキン(商品名メファキン)、ドキシサイクリン、アトバコン/プログアニル合剤(商品名マラロン)等々があり、日本で認可されているの はメフロキンのみです。でも、メフロキンでは、神経/精神作用に関する副作用(正確には有害事象)が出るとか、いや、それは誇張だとか、専門家の間でも諸 説があり、ちょっと避けたいところ。

副作用が少ないと言われるのがマラロンで、2年前にこれを服用し、問題なかったのですが、認可されていないので保険がきかず、高いのが難点。1日1 錠の服用で、確か1錠1300円ぐらいしたんだったかな?危険地帯にいる期間が短かったから、懐がそれほど痛まなかったけれど、今回は長い。そこで、少し 安くしてくれるところを見つけました。

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日比谷クリニックという医院で、アンケートに記入することを条件に、1錠850円で処方してくれます。それでも安くはないけどね。こんな薬です。

上の名刺のようなカードには、「この人はWHOがマラリア予防薬として指定しているマラロンを服用中です」と書かれています。

たとえマラリアではなくても、旅行先で具合が悪くなり、治療を受けるときには、医師にこのカードを見せて、マラリア予防薬を服用中であることを申告 します。マラロンとの併用が駄目な薬とか、マラロンが体内にあることで、測定値に影響が出るとか、いろいろ考えられますからね。

<A型肝炎予防接種>
これは普通、お近くの総合病院で予防接種を受けられます。2~4週間の間隔を置いて2回接種すると2年間有効。初回から6ヵ月後に3回目を接種すると25年間有効です。1回6510円(理由は不明ですが、接種を受ける場所によって少し値段が違う)。

<黄熱病予防接種>
これがけっこう面倒。なぜかというと、例えばA型肝炎ワクチンなどは不活化ワクチンと呼ばれるもので、菌を化学処理などして殺し、抗原部分だけを投与するのです。つまり、生きていないので、普通の薬品のような取り扱いで十分。

ところが、黄熱病ワクチンは生ワクチンで、生きた菌を打つのです。いくら弱毒化してあるといっても、生きた菌なので、めったなところでは保管できない。そんなわけで、普通の病院では扱っておらず、検疫所まで足を運ぶ必要がある。

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さらに、打つ直前に凍結乾燥品を溶解して使うので、必ず事前に予約を入れ、遅れずにその時刻に行かなければなりません。来ないと、溶解した分が無駄になってしまいます。

当日、検疫所では、20人ぐらいが1部屋に集まり、申請書に記入。私の隣に座った30代ぐらいの男性は、単に氏名や住所やパスポート番号を記入する だけなのに、何度も間違えている。注射が恐くて緊張していたのかも。その日の手順の説明をしてくれた、やたら元気な女性担当者が「痛くありませんよお~」 と強調していたから、「黄熱の注射は痛い」という俗説があるのかも。

1回で10年間有効。料金は10,800円。予防接種証明書、いわゆるイエローカードはこれ。

このような旅立つ前の対策に加え、蚊に刺されないようにするために、虫除けスプレー(体にいいものではないけれど、背に腹は代えられない)と蚊取り線香を持参します。蚊帳も必要かなと気になりましたが、安宿でも普通は蚊帳があるとのことで、今回は持参しないことに。

と、あれこれと準備を整えましたが、実はウガンダという国は、国土の大半が標高1000メートル以上で(上の地図でわかるように、海に接していない 陸封国)、赤道直下なのに、1年を通じて最高気温が25℃を超えない土地が、けっこうあるみたい。ずっと蚊に神経を尖らせる必要はなさそうで、ホッとして います。

旅の豆粒ヒント(18):なぜ旅をするのか

偉大な芸術作品に共通するのは、なにかしら真理というものの的のど真ん中を、1ミクロンもはずさず、あやまたず、バスッと射貫くことではないかと。「なんとなくわかってはいるんだけどなあ」とモヤモヤしていたことを、芸術作品はスッキリキッパリ、鮮やかに描いてみせてくれます。

そこで、芸術は案外、実用的でもあったりする。コミュニケーションという面でね。どうやら相手も同じことを考えているようなんだが、どうもそれをうまく表せないという場合、「つべこべ言わずに、これを読めば(または観れば、聴けば)ピタリとわかる」と、水戸のご老公の印籠のように取り出す。すると相手も「あ、それそれ!」となる。実用の芸術です。

旅好きの人の間で、「なぜ旅をするのか」という話題が出たりするのですが、それについても、「つべこべ言ってんじゃねえ!これを読め!」と言いたくなる歌があるんですよ。

都にて月をあはれと思ひしは
   数にもあらぬすさびなりけり
                 西行

現代口語訳すると、こんな感じかな。

「都で月を見て、『趣があって、しみじみするなあ』なんて思って歌を詠んでいたけれど、(こうして旅に出て辺境の地に来てみると)そんなものは、ものの数にも入らない言葉遊びだったんだよなあ」

これこれ。この気持ちを味わいたくて、または、この気持ちを、新しい発見を、味わえるのではないかと期待して、旅に出るのですよ。だから、人生に行き詰まったとき、とりあえず旅にでも出てみようか、というのはよく聞く話。正解でもあると思うけどなあ。

実際、西行のこの歌を信じて、この後、芸術家や芸術家志望者が続々と旅に出ることになった模様。ただ、だれもが西行になれるわけではないから、ちょっと薬が効きすぎたきらいもありますが。

芭蕉も何度も長い旅をしています。当時、俳諧は生活に余裕のある者がたしなむ知的な遊びという考えが主流でした。だから、各地で歌仙(*)を巻き、弟子を指導することにより、そうではないことを伝えたいというのも、旅に出た理由の一つだったのでしょう。でも、芭蕉が知人に宛てた書簡などを読むと、それよりもっと大事な理由があった。

俳諧は遊びじゃない。命を賭けるに足るものだ。芭蕉はそう考えていた。西行のように、辺境の地で新たな発想を得て、ものごとをべつの目で見ることができれば、自分の芸術を、さらに展開させることができるのではないか。そのためには命を賭けてもいい。だからこそ、利用者が多く、整備されていた東海道などではなく、体力的に厳しく、精神的に不安に満ちたものであった、奥州・北陸への旅を決行したのです。

そういう張り詰めた思いがないと、「奥の細道」冒頭の、あの緊迫感あふれるリズムと語感は生まれないかもしれない。

ちなみに、旅を終えてから2年ぐらいかけ、念入りに推敲を重ねて完成させたもので、途中で詠んだ句に合わせて話を創作している部分もあるし、感興の湧かなかった土地については一切触れていないので、あれは紀行文というジャンルには入らないかも。

* 注:歌仙というのは聞き慣れない言葉かもしれません。私も言葉として知っているだけですが、複数の人で五七五、七七、五七五、七七・・・と句を続けて詠んでゆく連句の中で、36句で構成されるもののことだそうです。歌仙は「巻く」ものなんですね。

有名な例では、芭蕉が「奥の細道」の途上で現在の山形県の大石田に立ち寄ったときの歌仙があります。連句の最初の句を発句(ほっく)と言いますが、このときの発句が

さみだれをあつめてすずしもがみ川 芭蕉

(歌仙では「すずし」ですが、後で実際に最上川を舟で下った後、芭蕉は「はやし」に変えている)

この発句に続く「脇」として、高野平右衛門(俳名は一栄)という土地の船問屋だった人が、

岸にほたるを繋ぐ舟杭(ふなぐい) 一栄

と付けます。

こうやって前の人の句に「付けて」、つまり、前の句につなげて季語などを盛り込み、雰囲気を壊さないように合わせながら、同時に、ちょっと視点を変えたり、そらせたりして、自分の個性を出す。

難しいけれど、芭蕉という先生の発句で、それまで自分が持っていたことに自分自身も気づかなかった詩心が引き出されるという要素はあったと思う。この歌仙は、土地の俳人たちには、またとない勉強の機会になり、芭蕉にとっても、いい刺激になったようです。

旅の豆粒ヒント(17):江戸の旅行心得集

勉強不足で今日の今日まで知りませんでしたが、豆粒なんてものではなく、すでに江戸時代末期に、平亭銀鶏や八隅蘆菴といった方々が、旅行者向けヒント集の決定版を著していたのでした。

もちろん国内旅行を念頭に置いたものですが、江戸時代には各藩が国という位置づけですし、国境(くにざかい)を越えた向こうは未知の世界。パスポートのような往来手形と関所を通るための手形も用意しなければならないし、現在の海外旅行と基本は同じ。

ま、刀や脇差をどうするかとか、馬に乗るときは、などの現代の旅行とは無関係な項目もあるので、現代語訳したものから、現代でも通用するものだけを抜粋し、バックパッカー向けに注釈を付けてみましょう。

江ノ島まうで 浜のさゞ波
平亭銀鶏著  1833年 天保四年

「金子(きんす)や大切な書き物などは腹に巻きつけて、懐中には入れないこと」

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「懐中」をポケットと読み替えると、まさに我々がやっていることですな。私はこのタイプを使っている。何日も巻きつけていると、汗にまみれて臭くなるので、時々洗って、日光消毒すべし。

「下僕を連れていても、荷物は軽いほうがよい。たとい二、三日の旅でも雨具は用意すること。油紙を一枚入れておけば重宝するものである」

下僕を連れて旅行したことはありませんが(実は、ぜひそういう旅行をしてみたい。下僕ではなく、秘書ですかね)、その通り。悪いことは言わないから、とにかく可能な限り軽くすべし。雨具も必要。フード付きのポンチョは荷物にならないので便利。

「風流な人は荷物にならない書物をもつことが肝要である。急がない旅では雨が降ると旅籠に逗留することになり、書物がないと暇つぶしに困る」

そもそも、「風流な人」という種族が生き残っているのかどうかが疑問ですが、風流を解さないとしても、何か読むものは持って行った方がいいね。

「宿駅の入口出口では馬や駕籠(かご)に乗れと勧められたりするが、がさつに断ったり、乗る気もないのに気を持たせるようなことは決してしないこと。喧嘩のもとになる」
「いくら断っても、無理矢理に旅籠(はたご)に引き込まれたりするが、定宿があるならその宿の名を告げ、泊まるに早いと思えば先へ行くと静かに言うこと」

特に若者やバックパッカー初心者は、この2項目を肝に銘じるべし。客引きなどがいくら強引でも、こちらまで声を荒げる必要は全くないし、脈があるかのように見える態度を取ってはいけません。静かに、キッパリ、断ること。

旅行用心集61ヶ条
八隅蘆菴著 1810 年、文化七年

「旅の初日は、とくに静かに足を踏みしめよう。草履が足になじんでいるかを確かめるようにするといい」

履き慣れた靴を履いて行くのが鉄則ですが、たとえ足回りは大丈夫でも、歩き慣れない場所、気候では、最初から飛ばさないように。

「馬や駕籠や人足が必要なら、前の夜に宿の主人に頼んでおくといい。馬方、駕籠かきに直接交渉すると、途中で困った事になりかねないものです。朝、何時、出発するか、夜のうちに宿に言っておいて、朝食の用意ができるまでに身支度をして、それから朝食を食べる方がいい」

現代の旅行では、タクシーや列車ですよね。それだけでなく、なにかにつけて、宿の人に尋ねるようにすると良し。買い物の相談とかね。逆に言えば、そういう相談ができる宿がいい宿です(高級ホテルではコンシェルジェとかがいるけど、ここでは、そういうホテルには泊まらないという前提で書いているので)。

「朝は気ぜわしいものです。物を忘れがちになるものですから、夜のうちに調べて、要るもの要らないものを考えて荷造りし、ちらからないように」

早朝に出立の場合は、これも大切。何につけても、準備はちゃんとする。

「腹がすいたといって、旅行中の食べすぎはいけない。特に急いで食べるのは、よくない。ゆっくりと落ちついて食べなさい」
「空腹のときは酒を呑んではいけません。食後に呑みなさい」

こういうことは、旅行中と限らず、普段から心がけておくべきことかも。

「とりたてて急ぐ旅ではないなら、夜は決して歩いてはならない」

これはねえ、声を大にして言いたい。以前、ニューヨークのマンハッタンで真夜中に、宿泊していたホテルの隣の店でお菓子を買っていたら、若い女性から「日本の方ですか?」と声をかけられました。ホテルまでの道に迷ったので、道順を教えてくれないかと言うのですが、それが1キロほど離れたところなんですよ。「こいつ、死ぬ気か?」と思ったね。有無を言わさず、タクシーに乗せました。

夜行の列車やバスに乗る以外には、夜に動き回らないこと。どうしても、歩いたり車でどこかに行ったりしなければならないときは、だれか一緒に行く人を見つける努力をすること。

「旅行中は色欲は、慎みなさい。娼婦は、性病を持っているものである」

これは、何とも言えないなあ。どうなんですか?病気の問題は、今の方が深刻だけどね。

「よくないところに泊まることになったときは、気分も落ち込むものだ。しかし、そういったとき、不平を言わないで、ふだんよりも静かに話し、自分の荷物や戸締りなどに用心しておくのが、旅の秘訣である」

「江ノ島まうで・・」でも、「静かに」という表現がありますが、客引きや旅行代理店にだまされて、低級な宿に泊まることになっても、とにかく、声を荒げたりしないこと。落ち着け。身の安全を最優先に考えるべし。

「だれでも知らないところへ行けば、言葉や風俗はいろいろに変わり、自分の住んでいるところの言葉と違うから聞き慣れず、また見慣れないうちは変だと思うのだが、向こうもまたこっちのことを変だと思っているに違いない。それを知らずに、よその土地の風俗や言葉を笑ったりするのは間違いである」

これ、名言ですよね。「向こうもこっちのことを変だと思っている」というのは、ホント、その通りなんだよ。

旅の豆粒ヒント(16):その最中は・・

旅行を思い立つきっかけについて以前に書きましたが、ある土地の観光資源や名物が目的というよりもむしろ、旅行記を読んだり旅の土産話を聞いて旅に出たくなった、という話をよく耳にします。一昔前は、沢木耕太郎の「深夜特急」を読んで(私は未読なので、内容は不明)、突然バックパックをかついでしまう若者が続出したとのこと。

ただ、他人の体験談に感動して、自分も・・と旅行に出るのは、ちょっと考えものかもしれない。そもそも、同じ状況に出会っても、人が違えば受け取り方も違い、沢木耕太郎と全く同じルートをたどって旅行をしても、本に書いてあるような感慨を抱く保証はどこにもないですよね。

もうひとつ、これは私だけかもしれませんが、土産話として話した場合の「面白い経験」というのは、それを体験している最中は、単純に「面白い」とは感じていないことが多いのです。逆の見方をすれば、「面白い」と思う気持ちの余裕を持ち、落ち着いて対応できる程度の経験は、意外性のない経験であって、実はそれほど「面白くない」。

気持ちの余裕が生じないほどの不意打ちだからこそ、面白い。

チベット教の生まれ変わり僧院長と出会えば、頭の中はグルグルで、あわわわわ、と口ごもってしまうし、土地の人に声をかけられると、だまされるのではないかと疑ってしまうし、お茶を出されたりすると、(少しお礼をした方がいいのかなあ。でも、お金なんか出したら、失礼かもしれないし・・)と、顔ではニコニコしつつ、やはり頭の中はグルグル。

相手がその土地の男性だった場合、見栄を張ろうとしているのがわかるのだけれど、実際は経済的に私の方がはるかに豊かなわけで、そのことは相手だって、もちろんわかっている。その辺、お互い承知の上で、相手は太っ腹な役を演じ、私は頭を下げておごられる役を演じる。

旅行者同士でも、信用していいものかどうか、腹の探り合いをすることもあるし、言いたいことが英語でうまく表現できず、イライラすることもある。警戒しすぎて、適当な口実を作って別れてしまい、後悔することもある。逆に、相手に誤解されて傷つくこともある。

こんな風に、その場では、さまざまな考えや感情が渦巻くわけで、「楽しい!」とか「感動!」とか、逆に「最低!」とか「ショック!」というような、単純な一色刷りの経験ではないのです。

で、旅行を終え、振り返ってみたときに、初めて「いい思い出」になるんだなあ。それに、人間の記憶というのは実にいい加減なものであることが、いろいろな実験で明らかになっておりまして、ある経験を「思い出」としてまとめると、実はその時に感じていた細かい不快感や焦燥感を、脳がスッパリ、記憶から削除してしまう可能性もあります。

そんなわけですので、旅行はやはり、「あれが見たい」、「これに乗りたい」、「すごいものがあるそうだ」、そんな動機で行かれることをお勧めします。

追記:中には完全にウケねらいの旅行記もあるので、そういうものを鵜呑みにしないように気をつけてね。

完全な嘘ではないとしても、ある部分だけを誇張して書いたり、ほかの部分は故意に省略したり、危険であることがわかっていることをわざとやって、予定通りに危ない目に遭い、その「冒険譚」の面白さを売り物にすることもあるので。そういう作品はあくまでも「読み物」であって、旅行の参考にはなりませんから。

旅の豆粒ヒント(15):行きたくなる瞬間

たとえばこんな時です。

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きれいな青い植木鉢。ムルタン焼きというパキスタン、ムルタン地方の特産品です。

以前、自然食宅配の大地を守る会を通じて日本ファイバーリサイクル連帯協議会(JFSA)という、パキスタンで恵まれない子供たちの学校を支援している団体に古着を寄付したことがあったのですが、今回は、大地がJFSAの販売品を引き受けていました。それがこの植木鉢。

大小2つ注文したのが届いたので、さっそく、ご近所の花屋さんで、鉢に合う花を選んでもらいました。

でも、これだけでムルタンに行きたくなるわけではない。もうひとつ、こんなことがあったのです。届いた箱を開け、鉢を包んでいた古新聞をはがして青い鉢を取り出し、ちょっと観賞してから、ふと古新聞に目をやると、

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英字新聞としてはパキスタンで発行部数最大のDAWNという新聞です。日付は今年の2月9日。見出しは

「武装勢力に勝利することが唯一の選択肢とザルダーリが言明」

ザルダーリは暗殺されたベナジール・ブットー元首相の夫君で、現在はパキスタン人民党党首、パキスタン大統領です。

アフガニスタンと長い国境を接する地方でタリバンが勢力を拡大し、パキスタンはきわめて危険な状態。この記事は2月の時点での状況ですが、今はもっと大変なことになっていて、パキスタン情報部内にタリバンのシンパがいるとか、タリバン勢力の内部分裂があるとか、なんだか両サイドとも混沌としている。

ちょっとした寄付のつもりで注文したら、思ったよりもずっと美しくて、なんだか得した気分。自己満足のひととき。そこへ、このニュース。あ、これを作っているすぐそばで、人が殺し合っているんだ。ハッとする瞬間です。

こういう何かしら強く印象づけられた時なんだよね。行きたくなるのは。今回は、残念ながら、ハッとしたきっかけが悲劇的な状況であり、まさか旅行になどは行けませんけどね。そもそも、こんなことがきっかけで関心を持つこと自体、顰蹙(ひんしゅく・・こんな字、一生かかっても書けるようにならん)ものだしね。人には話せません(って、話しちゃってるけど・・)。

でも、平穏になったら、一度は行ってみたい場所になりましたよ。ムルタンで青い焼き物を買う!壷や鉢では重いから、タイルがいいかもしれない。

旅の豆粒ヒント(14):行き先をどう決めるか

旅行についてよく受ける質問が、「次にどこに行くか、どうやって決めるの?」というもの。行きたい場所と言い始めたら、名所旧跡は無数にあるし、見たい動物もあるし、エジプトの遺跡に書かれたヒエログリフを読みたいとか、アンデスの高地を走る列車で高山病になって、酸素ボンベを使ってみたいとか、キリがない。そんなわけで、決め方は、そのたびにいろいろです。

5年前にインドに行く気になったのは、その前年にスリランカで会った香港人男性との会話がきっかけでした。(ちなみに、この時にスリランカに行った目的は、ジェフリー・バワというスリランカ人建築家の作品を見ること。その人の作品が建っている土地を点々としながら、ついでに観光という計画)

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ポロンナルワという仏教遺跡(上の写真)がある町を訪れた時に、私と同じポロンナルワ・レストハウスという湖畔の宿に宿泊していた人。レストランが付属していたので、そこでご飯をご一緒したのだ。

30代で独身。中学校の先生をしているので、1回の休暇が長い。旅行をするには理想的な条件が揃っている。それに、中国系の人にはよくあることで、世界各地に「親戚」が散らばっている。その辺から海外旅行が始まったようです。でも、親戚と言っても、

「あ~。叔母さんの連れ合いのナンタラカンタラのさらにナンタラカンタラ」

が、サンフランシスコにいる。ま、そんな感じで、両手をいっぱいに広げ、全部親戚として取り込んでしまえば、ヨーロッパもアメリカも、親戚だらけ。日本にも「親戚のオジオバたちが団体で、何十年も会っていない親戚に会いに行くというから、付き添いとして」行った。香港から行く側も、迎える日本側の親戚も、見栄の張り合いになっちゃって、すんごい大名旅行になり、金沢の有名な料亭にも行ったんだって!

そのうち、バックパックかつぐ貧乏旅行をするようになり、アジア諸国は北朝鮮を除き、ほぼ制覇(北朝鮮も計画中。「親戚」がいるらしい)。ロシアも東欧も、中南米も、オーストラリアも、くまなく行っている。アフリカの話は出ませんでしたが、絶対、アフリカにも親戚がいるから、今頃行っているかもな。

そんな旅行経験豊富な彼に、何度も行っているのはどこかと聞いたら、

「いやー、それはやっぱりインドでしょう」
「そっかー。インド好きな人、多いよね!」

そうしたら、なんだかとても奇妙な、顔をしかめつつ笑うような表情になり、

「好きじゃない!」って言うんだよ。さらに、

I hate India! I really really hate it!
(インド、嫌い!大っ嫌いだー)

って、そりゃー、あなた。あまりな言い方。で、

「信じられないぐらい不潔だし、貧乏人がいっぱいいて、かわいそうで見ていられないし、すぐに旅行者をだまそうとするし」

口から泡を吹くようにまくしたてる彼の口調に、私が目を丸くしていると、

「でもさあ。そんなイヤな思いをしても、見たいものがあるから。あそこには。これを見ないで死ねるか!とか思っちゃうんだよ~」

この言葉は説得力あったね。すぐに「次はインドだ」と心に決めてしまいました。

先生、どうしてるかなあ。あの後、北朝鮮には行けたのかしら?

旅の豆粒ヒント(13):空港で寝る

できるだけ金を使わずに旅行するために、最初は調べたり工夫したりしてようやく身につけた「旅行の技術」が、いつかしら「当たり前」になってきます。ということは、自分にとって当たり前のことが、「世間の皆さん」の間では、「なぬう?なんだよそれ?全然、当たり前じゃないだろう!」そんなことも出てくる。

実際、このブログでオフィスそのままのインド旅行の記事を読んで、驚く方がおられるようなのですが、なぜ驚くのかが、私自身にはピンと来なかったりする。50代の女性が一人で旅行代理店も使わずに、たいして計画も立てずにインド旅行をするというだけで、驚いてしまう人がいるわけですが、そんなこと言われたって、私にとっては普通のことなのだから、その驚きが私には理解できない。でも、そう言われてみれば、最初の頃はオフィスそのままも、おっかなびっくりだったんですよ。それをサッパリキッパリ忘れてしまってるだけなんだね。

「空港で寝る」も、そのひとつです。と言っても、実際に私自身が空港で寝たことがあるわけではないんです。ただ、どうしようかな、と迷ったことは何度かあり、ごくごく当たり前な選択肢なのであって、必ずしも皆さんが思うような「非常事態」ばかりではない。

確かに、事故や自然災害などで空港に足止めになることもあるのでしょうけどね。でも、節約にもなるのです。たとえば外国から深夜に成田着の飛行機だった場合、倹約旅行者であれば当然、東京までJRか京成線を使いたいところです。でも、深夜で電車がなくなっていたらどうするか。空港近くのホテルなんてもってのほか。そこで、空港内で寝る、と。椅子に横になったりしてね。ほら、こう説明すると、それほど不思議ではないでしょう?

いかに普通かと言うと、なにしろ Budget Traveller's Guide to Sleeping in Airports(倹約旅行者向け空港宿泊ガイド)というサイトまであるんだから。倹約旅行者のカナダ人女性が13年前に作ったサイトで、当時、失業中で腐るほど時間があり、Webサイトの作り方も覚えられるしなあ、ぐらいの軽い気持ちで作ったら、口コミで噂が広まり、読者から続々と世界中の空港に関する情報が寄せられ、巨大なサイトになってしまった。

Golden_pillow_winner_2008 楽しいサイトで、毎年、世界中の空港のベストとワーストを投票で選んだりしています。あくまでも、「寝る」ことに関してだけなので、発着がどうのこうのとか、乗り換えが便利とか、そんなことは無関係。

ベストの空港は Golden Pillow 「金の枕」賞をもらえる・・んだけど、べつに賞品があるわけではないし、サイトの主催者が言うには、「こんなに素晴らしい賞を、誇りに思う空港はないみたい」だそうです。

ただ、金の枕賞を設けて以来ずっと、シンガポールのチャンギ空港が受賞し続けているというのは、ちょっとつまらないかも。チャンギ空港がそれだけ優れた「安眠空港」である証拠なのでしょうけどね。仮眠が取れる安楽椅子があるっていうんだから。空港内にスパまである!

2位はソウル仁川空港。3位は香港国際空港。アジア勢が健闘しています。日本の成田と関空はどちらも、良い設備があるわけではないが、清潔で、追い出されるわけでもなく、まあまあ平均点らしい。

Worst_award_small_2 一方、2008年の栄えあるワーストはパリ、シャルルドゴール空港。読者から寄せられた怒りのレポートによれば、とにかくメチャクチャ汚いらしい。警備も手薄で、ある若い女性は、同じ男に2度!「ちょっとその辺でセックス」!と持ちかけられた。空港職員の態度も最悪で、失礼きわまりない(ま、これについては、なにしろフランスなので、しかたがない)。

2位はモスクワ、シェレメティエボ空港。3位はパリ、ボーベイ空港。

概して、利用客が多い大都会の空港は評判が悪く、ロンドンのヒースロー、ニューヨークJFK、ロサンゼルスLAX、シカゴのオヘア、デリー、ムンバイ、ローマと、悪評フンプンです。ヒースロー空港は虫が(噛む虫!)すごくて、情報を寄せた人は「午前3時頃に自殺したくなった」とのこと。LAXについては「テロリストはグアンタナモ収容所ではなく、ここに送り込むといいんじゃない?」だそうで。

旅の豆粒ヒント(12):おとりおきの旅

ここ数年、ヒマーチャルやハンピに行っているのは、体力がないと思い通りの旅行ができない土地柄なので、今のうちに行っておかないと、という気持ちがあったから。そこで、来年はアフリカのナミビアとボツワナに行く予定です。

では、体力が衰えてからはどうするのかというと、これがもう「おとりおき」してあるんですよ。いや、別に予約を入れたわけでもなんでもなく、単に自分の心づもりとしての「おとりおき」ですけど。

まずは中国。カルチャーセンターや旅行代理店が講師同行の旅行というのを催行しています。70ぐらいになったら、あれに行きたい。漢詩ゆかりの地をめぐるとか、歴史の旅とかね。専門の先生の解説付きの旅。高いけどね。でも、あの世までお金をしょって行くつもりはないから、バンバン使ってしまうのだ。

もうひとつはこれ。

Cassiopeia1017
© JR東日本

上野と札幌をつなぐ超高級寝台特急カシオペア!これのメゾネットタイプのスイートに乗る。メゾネットってどんなのかというと、2階建てなのだ。

Suite1f1017 © JR東日本

1階は寝室。トイレ・洗面台だけでなく、シャワールームも付属。テレビも付いているし、モーニングコーヒーまで持って来てくれるという豪華版。

料金が44,600円ですから、豪華でなきゃ怒るぞ!ってとこですけどね。

Suite2f1017 © JR東日本

2階がリビングということで、高い位置から遠くまで景観を楽しめるようになっている。ちなみにこの料金。ツインベッドがあることでもわかるように、これは2人利用のコンパートメントで、その1人分の料金なので、1人でここを利用する場合は、44,600 X 2=89,200円が財布から宙へと、ひらひら飛んで行くのであります。

これがねー。憧れなんですよ。

無理すれば今でも乗れないことはありませんが、チト困る点がありまして。というのは、夕方に上野を発って朝に札幌着。ということは、私の場合、23:16発の盛岡あたりでもう寝てしまい、07:12発の洞爺までは起きない。こんだけのお金を使って、半分ぐらいは眠っているという、かなりもったいないことになるのだ。

そこで考えた。年取って、夜中に頻繁にトイレに起きるようになってから乗ってはどうでしょうか。夜中に起きて、車窓から星を見るのだ。うう~、いいぞお~。

中国にしろカシオペアにしろ、その頃にどうなっているかは定かではありませんが、そんなことを言ったら、私自身が生きているかどうかだってわからないのだから、それを言い始めたらきりがない。ま、その時点で、これに相当するようなことをしよう、と。そういうことです。

旅の豆粒ヒント (11):詐欺師たち

個人旅行だと衛生と犯罪が気になるという方は多いかもしれません。衛生の方は何に気をつければいいか、だいたい予想がつくけれど、犯罪ということになると、自国で日常生活を送る中で遭遇する犯罪(振り込め詐欺とかね)と、旅行者として遭遇するものとではタイプが違うので、想像できず、漠然とした不安感がある。そこで、私が旅行先で出会った詐欺師たちをご紹介します。

「出会った」というところに「ん?」と疑問を感じた方は鋭い。実は、詐欺の被害に遭ったことはないのです。ははあ、これは詐欺だな、と途中でわかる。その辺のところを書いてみます。

1.スペイン、バルセロナ、1984年
うわー、こんなに昔のことだったんだ!と、自分でもビックリ。研修で米国に滞在した後に、研修中に知り合った日本人女性と2人で、東回りで日本に帰ろうや、ということになり、その途上、欧州貧乏旅行をした時のことです。彼女はすでに欧州も経験済みで、旅行のベテランだったのですが、私は欧州も海外旅行も初めて(米国は旅行ではなかったので)。キョトキョトしながら彼女の後をついて歩いたものです。

バルセロナの小さな広場に丸テーブルとパイプ椅子があったので、そこでコーヒーを飲んでいたら、女性が近寄ってきて「日本人?」と日本語で聞かれた。その当時は欧州人で日本語を話す人は珍しかったので、こちらは、「えー、どうして日本語ができるのー」と、すでにハシャイでしまいました。

懐かしいわあ、と言いながら、腰を下ろした彼女。日本人と結婚して、東北の方(県は失念)に住んでいたのだが、離婚して数年前にスペインに帰国したと言う。スペインの女性が東北に住んでいたということも、私たちにとってはビックリで、子どもを日本に置いてきたと涙ぐむ彼女の苦労話に引き込まれたわけです。見た目も40才ぐらいで少しやつれた感じ *。いかにも薄幸な女という雰囲気でした。

「お願いがあるの」とアドレス帳を取り出し、日本に帰ったら、ここに主人と子どもがいるはずだから、私と会ったことと、元気でいることを伝えてくれと言われ、友人は自分のアドレス帳に、その住所を書き写したりもしました。

そこへ、「あれ?○○じゃないか!」と学生風の男が登場。こざっぱりした服装で、ニコニコしながら「何してるの?」と彼女に話しかけ、彼女も楽しげに話しているのですが、私の頭の中ではパタッと旗flagが立ったね。2人が待ち合わせていたというのなら、むしろその方が自然に受け取れたと思うのですよ。偶然出会うというのは、あまりにもできすぎ。

チラと友人の顔を見ると、表情は変えていなかったけれど、目に緊張が現れている。

そのうち案の定、「夕ご飯に行かないか、って彼が言うんだけど、いっしょに行かない?」と言い始めた。いちおう友人と「どうしようかあ」と言いながら、目と目で(逃げるぞ!)と対話して、「ごめんなさい。ちょっと疲れちゃったから宿に帰る」と言うと、「そんなあ。彼がおごってくれるって」と食い下がり、男の方も大げさなジェスチャーで、「きみたちみたいな可愛い子が、ホテルで寝てるなんて~」などと(スペイン語だったけど、たぶんそう言っていた)甘ったるい声を上げ、これはもう、ミエミエ。

私たちはニカーッと、わざとらしい笑みを浮かべつつ、いえいえもーけっこうですからあ、と口々に言いつつ、小走りに逃げ出したという次第です。

注*:後になって考えてみたら、クスリの常習者だったかもしれない。なんとなく崩れた感じというか、不健康な感じが漂っていたね。

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