インド旅行2008

2008年春インド・ハンピ/出発前から負けている

なにしろ構想半年!ですから、今回は2カ月前にエアインディアとインド鉄道の予約を入れ、準備万端怠りなしの状態を整えていたのでした。

ところが出発の1週間前、航空券を手配してもらった旅行代理店から電話が入り、

「帰りのムンバイ→成田直行便が飛ばなくなってしまったんです!」

はあ????

「と、飛ばなくなったって、どうしたんですか?」
「どうもこうも、エアインディアが、その日は飛ばないことになったって言うんですよ~」

1カ月前に突然キャンセルするなんて、言うまでもなく噴飯ものですが、抗議してどうなるものでもないし、たとえ抗議しても、エアインディアのことだから、たぶんこう言うんだよ。

「直行便はなくなるけど、ムンバイからデリーまで国内便で飛んで、デリーからの直行便に乗ればいいでしょ。ノープロブレムね!」(デリーで6時間の待ち時間があるけどね・・ムニャムニャ

しょうがないから、1日前の便で帰国することにしましたよ。

なぜ飛ばないことになったかといえば、たぶん間違いなく、空席が多くて飛ばすと赤が出るから、「やーめたっ!」ということです。または、その前に、 どこか別の都市からムンバイに来る便に空席が多くてキャンセルしたので、成田まで飛ばす機材がなくなってしまったか。そのどちらか。

たった1日の違いとは言え、鉄道の予約を変更しなければならなかったりして、こちらは大変なんですからあ。それに、どうしてもその日でないと、という客もいたかもしれないし、その人たちはデリーで6時間待ちの憂き目にあうわけだし。

いやー、それにしても、エアインディア。あなどれませんことねえ、奥さま。出発前からもう、インドに負けている!

後日談:デリー乗り換えにしなかったのは賢い選択だったことが、後で判明したんですよ。インターネットのニュースによれば、デリーの国際空港が改修 工事中で、一部のチェックインカウンターで混乱が生じ、チェックインに5時間かかるという事態が発生!国家問題だということになり、運輸大臣だかなんだか が関係者に緊急招集をかけて会議を開いたんだって!(招集をかけてから会議を開くまでに5日かかってますけど)

第1回:ムンバイ

3月23日(日)

帰国便がキャンセルになるだけあって、成田→ムンバイ便もガラガラで、3つ並んだ席に私1人。ゆっくり横になって寝られてラクチン。点灯した照明が まぶしくて目を覚ましたら、もうデリーでした。ここで乗降客があり、遅れた客を待ったため、ムンバイには1時間遅れで到着。ホテルに着いたのは夜中過ぎに なりました。

Residency0414 ムンバイについてはMaximum Cityを 読んで予習済みだったので、ホテル探しが大変だということは覚悟していました。なにしろ高い!便利で清潔で1泊1万円以下のホテルはなかなか見つからな い。安いホテルは軒並み、ションベン臭い場末の安宿。その中で数少ない貴重な中級宿ということで、Residencyというホテルを選びました。

6500円なので、私の予算としては高いけれど、こんな感じの部屋で、お湯もジャンジャン出るし、CST(以前はヴィクトリア・ターミナスと呼ばれていたターミナル駅)から歩いて5分という至便性に、大満足。

Pot0413 しかも、けっこう細かいところにも気を遣っていて、こんなものも備えています。こういう細かいところで差がつくということに気づくホテル経営者が、本当に少ないんですよ。

従業員も、事務的すぎず、馴れ馴れし過ぎず、いい案配です。きちんと背広を着て、余計なことは言わないけれど、翌日、昼前にチェックアウトしようとしたら、頭のてっぺんに白髪がポショっと残った鶴みたいな爺さんが

「この後はどこへ?」
「夜行に乗るの」
「荷物を置いていけば?」
「CSTの手荷物預かりに預けようかと思って」
「なんでー。ここに置いて行きなさい。ここならタダなんだから!」

こんな感じ。こんな些細なことでも、客の側には「お世話してもらった」という印象が残るんだよね。

夜は遅かったけれど、時差の関係もあり、7時には目が覚めてしまったので、ホテルの食堂で簡単な朝食を取ってから、早朝の散歩に出ました。

ムンバイには大英帝国統治時代の建物がたくさん残っています。

Build0414

内部は官公庁や企業のオフィスになっている。こんな建物の並びを遠くから見れば、まるでヨーロッパなんですが、近寄って、よくよく見ると・・

Mumbaidog0414

おいおい、歯茎見えてるぞ???こんな生き馬の目を抜く大都会で、これで生き延びて行けるのでしょうか。と言っても、すでにだいぶ生き延びてきたみたいですけど。

猫だまりもあります。

Mumbaicats0414

エサをくれる人を待っているようでした。

Charm0414_2そして、こんなものも。

お守りだよね。たぶん。唐辛子なんかを縛ってある。

路上で花飾りを作っているところも目にしたので、花輪をつける店もあるのかな。

早朝にこんなところを散歩していると、しみじみ、あー、来て良かった~と思うのです。

第2回:ムンバイ各駅停車

3月24日(月)

今日は夜行に乗るまで時間があるので、まずはムンバイ中心地から郊外へ向かう列車に乗ることにしました。あてもなく行くのでは切符を買うのに困るし、どこか目的地を決めないとね。というわけで、有名な洗濯場があるマハラクシュミ駅まで乗ることに決定。

CST駅まで行ったら、線が違うということで、チャーチゲート駅に行くことにしたんだけど、たった1キロだから、と歩き始めたら、なにしろもうお昼 前ということで、強い日差しに加え、バンバカ大騒音を立てて走る車がまき散らす排気ガスで、10分ぐらいでフラフラに。よろけながら駅に着いて屋内に入る と、人が急ぎ足で行き交うコンコースで、スヤスヤと熟睡する、うらやましい姿が。

Subwaydog0414

通行人の方も慣れたもので、ぜんぜん犬に気づいていないようでいて、みんなスイスイよけて行くのよ。犬の前で人の波が2つに分かれて、その後でまた合流するの。

電光掲示板があって、SはSLOWで各駅停車。FはFASTで急行と、わかりやすい。

Churchgate0414

この写真ではわかりませんが、自動ドアではありません。走行中、ドアは開きっぱなしです。外が見えて楽しいよ。「何を言ってるんだ。危険ではないか!」と思われるかもしれませんが、その通り。危険なんです。

こんな空いた時間帯なら問題ありませんが、ラッシュアワーには乗客が鈴なりで、ドアの取っ手に必死につかまり、上半身は外に出ていたりします。毎年、何人か落ちて、犠牲者が出るとのこと。

Ladies0414 女性は専用車両があるので、助かります。ただ、女性専用にした理由は、混雑というよりもむしろ、東京の女性専用車両と同じく、痴漢対策ですけどね。

インドの女性たちは、列車でもバスでも、ものすごい緊張を強いられるのだそうです。痴漢と言ったって、単に触られるどころの問題ではなく、強姦に近くなることさえあるそうで。周囲の男たちは止めようとしないしね。

その辺は、旅行者の女性でも同じなので、私のような中年女性でも、男性しかいないところには絶対に近づかないようにしている。夜は一人で外出しないしね。

20分ほどで5つ目のマハラクシュミ駅に到着。

Laundry0414

駅を出たところにある歩道橋からドービガートと呼ばれる洗濯場を見たところ。スラムの中にあり、当初はスラム住民に職を与えるという目的があったよ うで、洗濯屋という商売が親から子に受け継がれて行きます。ただ、その沿革からもわかるように、社会的地位がとても低い職業なので、外国のクリーニング屋 さんがインド人に職業を話したら、変な顔をされるかもしない、とのこと。

区切られた仕切りの中で、シーツなんかをバシンバシンと石に叩きつけて洗います。最近は、中産階級の家庭ならどこでも洗濯機があるとしても、シーツ のような大物を洗うのは、やっぱり面倒だもんなあ。しかも、糊をつけてパリッとさせ、アイロンまでかけて、届けてくれるのだそうで。自分で洗ったら、とて もそこまでする気にはならん!

さて、帰りの列車に乗ろうとして、すんごい幸運に恵まれ、以前から「見たいな~」と思っていた光景に出会ったのであります!

Dabbawalla0414

ニコヤカに微笑むこの方は何者?その前に置かれた、色とりどりの巾着袋に入ったものは何?それは次回のお楽しみ。

第3回:ダッバーワーラー

さて、写真の方ですが、ムンバイ名物、最近は世界的にも、特にビジネスの世界で有名になったダッバーワーラーと呼ばれる職業集団の一人です。

そして、巾着袋に入っているのが「ダッバー」。

Dabba0417 こんなものです。重箱タイプのお弁当容器。パチッと密閉式なので、汁物も入れられる。便利でしょ?ムンバイのオフィス街にお勤めの皆さんにとり、お昼の愛妻弁当は毎日の貴重な楽しみのひとつであり、「贅沢感」を味わえる数少ない機会でもあるのです。

取っ手がついているので、ぶら下げて職場に持って行ける・・はずですが、前回ご紹介したように、ムンバイの列車はラッシュアワー時に殺人的混雑にな るから、弁当容器は邪魔になる。それに、勤め人が家を出る時間に合わせて弁当作りをしようとすれば、妻や母が夜明け前に起きなければならない。

それに加え、最近はインド社会も、特にムンバイのような大都会の中産階級では、急速に様変わりして、離婚が急増し(旅行中にニュースになっていたの ですが、最新の調査によれば、ムンバイは4組に1組という世界最高水準の離婚都市になってしまったのだ)誰もが奥さま手作り弁当を楽しめるわけではない。 「愛妻はいないが弁当は食べたい」という男性が急増中です。

その解決策がダッバーワーラー(ワーラーは「・・に携わる男性」という意味。オートリクショーの運転手はリクショーワーラーね)。弁当に特化した宅 配屋です。毎朝、各家庭や顧客が指定したレストランからダッバーを集荷して勤め先まで宅配し、食べ終わった空の弁当箱も、また回収してくれる。料金は月 300ルピー(900円弱)。

契約者20万人。それを食前・食後と2回運ぶわけですから、宅配回数は1日40万回。ダッバーワーラーの人数は約5000人。前回の写真にあるよう に、細長い台に並べ、頭の上に乗せ、列車で運びます。分業方式で、徒歩や自転車で集荷する人→それを各地区のステーションで宅配先の地区別にまとめる人→ 最寄り駅から列車に乗せて目的の駅まで運ぶ人→駅から最終目的地まで運ぶ人という具合に手渡して行きます。

たぶん世界的に知られるようになったのは、配達の誤りが600万回に1回という、驚異的パフォーマンスが報道されてからでしょう。シックスシグマと いう品質管理の指標があり、それは100万につき3.4が基準なのですが、それをあっさりクリアしているわけで、フォーブスというアメリカのビジネス誌が それを報道したのですね。それをきっかけとして、この組織が注目を集め、運営方法の見事さに世界の財界が驚嘆したというわけです。

ダッバーワーラーの組織は1890年創立で、1956年にCharitable Trust(直訳すれば慈善信託)として国に登録しています。その定義は難しいのですが、要するに組合みたいなものだと思ってください。会員(ダッバー ワーラー)は月に15ルピー(40円ぐらい)を払います。組織の階層は3つしかありません。会長を含む役員や経理担当者が13名。各地区20~30人の班 ごとに1名の班長。残りは全部配達人。コストを差し引いた利益を全員の間で均等に分配します。毎月の報酬はだいたい5000ルピーぐらい。勤務時間は弁当 お届け3時間、空の回収3時間の計6時間。定年なし。116年間、ストはゼロ。

さて、正確な配達の秘訣ですが、弁当容器に住所が書いてあるわけではない。なぜか。文字が読めない配達人が多いからです。会長さんのインタビューを 見たら、半数ぐらいは給与の受け取りに拇印を押しているとのこと。名前が書けないから。ちなみに、そんな具合ですから、この組織内では、書類はほとんど使 われません。たぶん官公庁に届け出る書類ぐらいではないでしょうか。

Tiffin0417これは弁当容器を上から見たところですが、 こんな風なコーディングが使われています。緑のEが配達元の地区。Bが弁当のクレートを乗せる駅。20が降ろす駅。赤は駅に着いてから先のビル等の略称です。つまり、E→B→20→1T0と進む。

集荷する各家庭やレストラン、そして配達先の勤め人の間で、直接受け渡しをする担当者は年中変わらないので、顔見知りなわけで、コーディングの必要すらないですね。

でも、不測の事態というのはどうしてもあるでしょう?そこがすごいところで、たとえば30人の班であれば、5人は予備要員なのです。600万回に1回という数値にミスを抑えるには、この程度のゆとりが必要ということでしょうか。

このように、できる限り管理業務に介入させない。余計なことをしないという方針・・いや、方針すら存在しないんでしょうね。自然にいい形になったのだから、変えないでいいんじゃない?ということだと思います。

人間として無理なことはさせていないものね。それほど稼げるわけではないけれど、毎月、同じ金額を手にすることができる。肉体労働で、社会的地位が 高いわけではないけれど、誰に頭を下げるわけでもない(9時までに玄関先に弁当を出しておかないと、持って行ってくれないので、奥さまたちの方が遅れない ように必死!)。列車の車内では仲間どうしでおしゃべりもできる。

規律については、これも単純です。規則は3項目。

1.勤務中に酒を飲まない。飲んだら罰金1000ルピー。
2.白い帽子・制服と会員証を着用する。
3.無断欠勤は厳禁。これも罰金1000ルピー。

これだけ。わかりやすいことと、それから、なによりも重要な点として、誰もが納得できること。これ、たいせつですよね。

リクルートはどうするかというと、これも独特で、そもそもダッバーワーラー全員が、ある地方の出身者なのです。そこで、欠員ができると、その地方の 若者の中から候補者が選ばれ、ムンバイに送られる。半年の見習い期間を経て、正式採用となります。ただ、分業ですから、すべてのポジションをこなせるよう になるには、数年かかるようですが。

このように昔ながらの仕事ぶりのダッバーワーラーですが、客の側ではIT化が進行しているわけで、最近はインターネットサイトや携帯電話からでも配達契約の申込みができるようになりました。公式サイトはこちらビデオもありました。

また、夫の忘れ物を巾着袋に入れて、弁当と一緒に届けてもらう奥さまがいるという話にヒントを得たのか、最近、ある銀行がこの組織と契約を結び、口 座契約申込書をダッバーワーラーに持たせているとのこと。「口座契約は簡単。ダッバーワーラーから申込書をもらい、記入してダッバーの袋に入れておけば、 こちらまで届きます」というわけね。

第4回:超格差都市ムンバイ

インドを旅行した人なら誰でも、貧富の差に何らかの感慨を覚えるものです。特にムンバイのような大都市では、ほんの1日滞在したたけでも、それがありありと見えてきます。

たとえばこのタージマハールホテル(正式名称はタージマハール・パレス・アンド・タワー)。

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新館のタワーの方は少し安いのですが、こちらの旧館の方に泊まったら、1泊550ドルぐらい。ルピーに換算するのが面倒になっちゃうような額です が、がんばって換算すると、22,000ルピー。前回ご紹介したダッバーワーラーの月給が5000ルピーですから、4カ月あまりの給料に相当する。これで 1泊。

Tajfront0419

正面玄関もステキでしょ。だいたいこういう高級ホテルの玄関では、こういう立派な体格(というより巨大)のシク教徒がお迎えしてくれます。

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こちらはかつてヴィクトリアターミナス(VT)と呼ばれていた現在のCST駅の横。これも植民地時代の建物で、観光名所でもあるのですが、地面に何か並んでいるのが見えるでしょうか。寄ってみると、

Cst20419

人ですね。人が寝ている。日本なら、あーホームレスかー、となるのでしょうが、インドの「ホームレス」は、日本のホームレスの方たちとは、かなり雰囲気が違います。なぜかと言うと、この方たちにとり、これは特に不運な状況ではないからです。

ここで寝ている人たちは、たぶん仕事を持っていて、これから数十分もすれば起き上がり、仕事に出かけるはずです。つまり、「収入が少なくて部屋を確 保できないから、一家で外で寝ている」というだけで、これがこの方たちの日常なのです。モンスーンの季節になれば、閉じた店の軒先で雨宿りをする。人生で 何か失敗をしてこうなったわけでもなんでもない。これが当たり前なのね。

「一家で外で寝る」人たちもいれば、ムンバイに家族で旅行に来て、「一家でタージに泊まる」人たちもいる。そういう都市なんですね、ここは。

地方から遊びに来る人も多いみたい。なにしろ映画の都、ボリウッドだしね。

Boys0419

同じマハラシュトラ州のアウランガバードという町から遊びに来た子たち。私がカメラを向けたら、こんな風にリラックスした笑顔を見せてくれたんだが・・

Boysme0419 オバハンもいっしょに写真を、ということになり、中の一人にカメラを渡したら、「お前、ダイジョブか~?」と言っているらしい声が飛び交い、みんな、やけに疑り深い目つきになってしまいました。

これこれ、若者たち、もうちょっと友達を信用しなさいよ!

第5回:Mahesh Lunch Home

これまでの旅行はインド北端の辺境の地(うわ、ヒマーチャルプラデシュ州に対して失礼だわ)だったので、食事にはほとんど期待していなかった(あ、ますます失礼だわ・・)。しかし、今回は食材に恵まれた南ですので、旅行前から「旨いもの作戦計画」を練ったりして。

しかも、ここは味にうるさい食通が多いムンバイです。有名レストランは山ほどある。でも、マハラジャご一家がお食事するようなレストランに汗臭いバックパッカーが一人で跳び込むのは気が引けるし、どういうところがいいかなあと思っていたら、意外なところで見つかりました。

宿探しをしようとインターネットの口コミ情報を調べていたら、今回泊まった宿について、そこを推薦する理由として「Mahesh Lunch Homeに近いから、少々の難には目をつぶる」と書いている人がいる。そこに近いことがホテル選びの基準になるというからには、相当おいしいのでしょう。

実際、ホテルから徒歩で2~3分。それどころか、ホテルの部屋にマヘシュのメニューが置いてあって、「出前も可」です。ということで、行ってみました。

ランチホームというのは、開店当時はランチだけの定食屋だったからで、今はむしろ夜が中心のかなり高級なレストランです。ただ、私が行った本店は、 そもそも庶民的な地区にあるし、昔のままの店構えなので、天井は低いし、狭い店内にテーブルをギュウギュウに詰め込んでいて、高級店という雰囲気ではあり ません。

マンガロールというムンバイから数百キロ南下した海辺の町の郷土料理を食べさせるシーフードレストランです。メニューにはカニとかロブスターとか、高そうな料理がいろいろ並んでいる。顔も体も丸っこい、明るく元気なおっさんウェイターが来たので、

「えっとー。エビのカレー」と言いかけたら、グイと顔を突き出し、

「ぜひお勧めしたい料理があるのですが?」と、Fish Tikka(魚をスパイスとヨーグルトを混ぜたマサラに漬け込み、タンドール窯で焼いた料理)を指さす。

「え、でも、えび・・」
「これ、これね、本当にお勧めなんですよ」
「えび・・
「今日はもうね、絶対!これ!」
「え・・」
「それでね、ガーリックナンをつけて、どうですか、これで!」

(さては今日、魚を仕入れすぎたんだな)と、いかにもオバサンらしく、密かに断定してしまった私ですが、その語気の強さに押され、まあいいかあと、ウェイター氏に従うことにしました。で、これが・・

Mahesh0419

も~~~~旨かったのよ!魚はカツオ(日本で食べるカツオと同じ種類かどうかは不明)でした。外はカリカリに焼けていて、中は柔らかく、 ジュワーっとジューシー。ほどよく浸みたスパイスもおいしいし、スパイスが浸みていない中心の部分では、魚肉だけの味を楽しめる。ガーリックナンも旨く て、バカバカ食べていたら、ウェイター氏がやって来て、

「魚にかけて残った汁をライスにかけると美味しいよ」なんて言うんだよ。ほんじゃーというわけで、ライスも食べちゃったよー。胃が2倍に膨張。

ち なみに、注文を聞くウェイター氏(と言うより、あんたはお食事コンサルタントか?)と、ただ料理を持ってくるだけの人は別です。いかにもインドらしく、仕 事が細かく分かれている。料理を持って来るジイサンは、パタパタ休みなしに小走りに動き回っていて、私のライスに汁をかけたかと思うと、次は別のテーブル で何かして、またクルリと振り返って私の皿の上を見て、今度は調理場から漬け物みたいのを持ってきたり、大忙しです。

あー喰った喰ったーとお腹をなでていたら、ウェイター氏が、ちょうどチベットのことがニュースになっていたので、「あれ、どう思う?」なんて聞いてきて、ちょっとおしゃべり。「ダライラマって、本当にいいことをしているのかなあ」なんて、首をひねっている。

高級レストランの割には庶民的で、いい感じでしたよ。

でも、この記事を書くので少し調べたら、有名になってムンバイ各地にいくつか支店を出したのだそうです。そういう新しい店は内装が本店とは大違い で、広々として、オシャレ。ところが、よくある話ですが、支店の方では、雰囲気は良くても、肝心の料理が、かな~りダウンという噂。本店に行ってラッキー でした。

場所はCST駅から徒歩7~8分のフォート地区。場所はこの地図サイトで、Search欄に Mahesh Lunch Home, Fort, Mumbai と入れて検索してください(左にある青い十字形の+をクリックすると拡大されます)。
住所:8D Cowasji Patel St, Fort, Mumbai
電話:
022/2287-0938
営業時間:11:30~15:30、18:00~真夜中

値段は私が食べたような料理やカレーなら、100~300ルピー(300円~800円)。ロブスターなどは当然高くて、たぶん数千円?この日の夕食は全部で300ルピーぐらいでした。

第6回:夜行列車

マヘシュの料理のことを書いていたら、唾液が口から溢れそうになったぞ。記憶で唾液腺が刺激されたんですね。

さて、ムンバイを離れて深夜発の夜行列車に乗るわけですが、それまでの時間をどう過ごすかというと、女一人で何時間もお茶をするのもつらいので、映画館がいちばん無難です。

今回は数日前に封切られたばかりのRACEという新作を見ました。ヒンディ語なんですが、舞台が南アフリカということもあり、会話の間に少し英語が 挟まれるので、筋を追う分には全然問題なし。ギャグやシャレた言い回しがわからないのは悲しいけれど(泣)。サイフ・アリ・カーン(この方。眉間にしわ、うつむき加減という「影のある」雰囲気が女心をくすぐる・・らしいよ)主演。兄弟の確執をテーマにした都会派サスペンスなのですが、そのプロットを貫くことができず、何の必然性もないお笑いを入れてみたりして、結局は泥臭い田舎芝居になってしまっている。

でも、退屈はしないんですよ、これが。歌あり踊りありでね。ミュージックビデオが連続して流れると思えば、必然性がゼロでも田舎芝居でも、60ル ピーの元は取れるということかな。ビヨンセの胸を膨らませたみたいな、顔もスタイルも完璧な女優さん(この映画では、かなり人気のある女優を3人も起用) が超ミニで現れると、観客席のあちらこちらからピーピーという口笛が飛ぶのだ。

10時過ぎに駅に行くと、広いホールの床は人でいっぱい。通行のじゃまになるほど。大きな荷物と子供たちに囲まれて寝ている夫婦もいる。この光景、 初めて見たときは仰天しましたが、考えてみると、こうなるのもよくわかります。私自身、1時間以上前に来ているわけで、万が一の場合に備えて用心して早く 来ると、お金に余裕のない人にとり、駅のホーム以外に待つ場所がないんですよね。ホームレスもいるのかなあと思うのですが、たまに警官みたいな見回りが来 て、切符を持っていない人は排除されるから、どうなのかな。

私の乗る列車は、まだ電光掲示板に掲示されず、ホームがわからない。急ぎ足で通り過ぎようとする赤帽さんに列車の名前を言うと、さすが!間髪を入れずに「15番!」という返事が返ってきました。

11時を回ると、私にとっては就寝時刻というわけで、ホームに荷物を置いて腰を下ろしたら、すでにまぶたがくっつきそう。ふはふは~となっていたら、

「ちょっと、あんた」

はい?と横を向くと、まあまあ長く生きてきたこれまでの生涯で、はたしてこんな人物と接触したことがあったであろうか?いや、ない!と、思わず反語表現を使いたくなるような男が目の前に。

ホームの床にじかに座っているので、背格好はわかりませんが、折り曲げた長~い脚から推して、180センチはありそう。脚からそろそろと上に視線を 移すと、皺だらけの顔で、頬の肉もべろーんと垂れ下がっている。インド人にしては異様に白い肌なので、顔色の悪さが目立ちます。ほとんど蒼白。灰色の目の 下も袋状に垂れている。白目の部分が血走り、相当きこしめしているか、または酔いが覚めかかったところと覚しき状況です。その上、クシャクシャの白髪のか なりの部分が、変な赤紫色に染まっていたりして。

服装は、元は白であったと思われるが、今はよくわからんグレーじみた色になってしまっているヨレヨレのシャツと、ところどころ穴が開いた、やっぱり 元の色がわからない薄茶色のズボン。一言で言えば、浮浪者の一歩手前。そして、服のところどころに白髪と同じ赤紫のシミがついています。

赤紫のシミについては、すぐに思い当たりました。この2日前、インドではホーリーという春を迎えるお祭りがあったのですが、このお祭りでは、色のついた水を掛け合ったり、顔にぬりつけ合ったりする風習があるのです。

Holidog0423 駅の外で寝ていたこの犬も、色水かけっこの被害者。この男性の白髪と服も、まさにこういう感じに染まっていました。

どこでもお祭りとなれば、それを口実に羽目をはずす人たちがいるわけで、この初老の男も祭日にムンバイに遊びに来て、ずーっと飲み続け、2日後の今日、ようやく「シラフへの道」を歩み始めたといったところでしょうか。

ハニャホニャ?と何か言っているので、ツツツとそばに寄ったら、うひゃー、酒くさ~。それに耐えつつ、耳を彼の口に近づけると、

「どこから来たの?」

思いがけず、きれいな発音の英語でした。芥川龍之介の「父」という短編に「ロンドン乞食」という、一度読んだら一生忘れられない形容が出てきますが、それを思い出してしまった。

「日本です」

ホホオ、とは言うものの、彼のモヤモヤと曇りがちな脳の中には「日本」という情報が見つからなかったようで、

「それは・・中国・・みたいな?」
「ちょっと違うけれど、まあ、そんなもんかな」

「あ、わかった」と、うれしそう。

「韓国、韓国だろ?」
「あ、近くなったね」

ウンウンと一人でうなずき、納得う~!とご満悦。

「で、どこに行くの?」
「ジャルガオンまで。そこからバスでアジャンタに行くの。仏教の壁画を見に」
「仏教徒?」
「う~ん、ちゃんとした仏教徒ではないんだけど、興味あるから」
「ホニャラホニャラには行かないの?大きな仏教のお寺があるのに」

その地名は知らなかったので、ガイドブックを取り出したら、アジア南部に広まった上座部仏教で行われるヴィッパサナー瞑想のセンターがある町として載っていました。そのページを彼に見せると、英文は読めないことが判明。

「ここに書いてあるよ。世界最大のヴィッパサナー瞑想センターがあるって」と言うと、人差し指でトントンそこをつついて、

「ナシークで降りれば行ける」と言うのですが、ナシークまで3時間しか眠れないことになってしまうから、今回はパス。

「あなたはどこまで行くの?」と、たずねたら、またホニャホニャと私が知らない地名を言うのですが、それを言ったとたん、急に眉が曇り、ハッと息を吐いたと思ったら、ガックリと首を落としてしまった。

ありゃまあ、家のことを思い出させてしまったかしら。家では怖い奥さんが待っているのか?

そろそろ乗る車両が止まる場所を調べた方がいいような時刻になったことだし、じゃね、と言って、お別れしました。

第7回:今回のルート

3月25日(火)
零時を回り、夜行列車が例によって、そろーりそろーりと動き始めたところで、ようやく本格的に旅行が始まったかな?という案配なのですが、すでにちょっと疲れ気味。

Travelroute0425 今回はこんな風に、ムンバイから始まりムンバイで終わる時計回りのルート。これから早朝にジャルガオンに着き、バスでアジャンタに行き、壁画を見学した後、アウランガバードまでバスで行って、そこで1泊の予定。

私は途中で降りますが、この列車、終点はヴァラナシで、もしも終点まで乗ったら、28時間乗りっぱなしです。こういう超長距離列車の場合、始発駅での乗車時に、なんとか居心地よくしようと、途中で降りる人との間で席の交換交渉をする人の姿をよく見かけます。

この列車でも、ギリギリで予約を入れたのか、家族全員がバラバラの席になってしまったということで、40才ぐらいのお父さんが、なんとか全員を近くにまとめようと、シャカリキになって交渉を進めていました。

7時着の予定ですが、疲れているし、寝過ごしたら困るなあと、イヤホンのように耳にはめるタイマー「安全くん2」を用意していたのですが、なんのことはない。早朝に降りる人は、車掌さんが起こしに来るのだった。

ふんぐわあ、と大あくびをしながらホームに降りると、目の前に濃紺に金色の線という、いかにも高級そうな特別列車が停車していて、とたんにシャッキリ目が覚めた。

Odyssey20424

その名もデカン・オデッセイ。「デカン遍歴の旅」というわけ。かっこいいね。ムンバイを中心に、デカン高原の観光名所をめぐる贅沢列車です。お値段もいいぞお。8日間の行程で、シーズンオフでも1人1日約400ドル。10月から3月までのハイシーズンは500ドルだ!

Odyssey0424

機関士さんも、ちょっとポーズを取ってくれました。

Dosa0425 朝ご飯はガイドブックで紹介されていた駅近くのAnjaliというレストランで、すんごく久しぶりのマサラドーサ(写真を撮らなかったので、ネットでここの店のドーサに似た写真を探しました。© Rajeev Moudgil)。朝はお茶がないということで、コーヒーにしたのだけれど、やはりここは南インドで、北と違い、四六時中どこでもチャイ、というわけではない。

マサラドーサも地方によってバリエーションがあり、クレープのように柔らかくて四角に畳んであるのを食べたこともありますが、長~くて(この店のは40センチぐらいあった)薄くてパリパリのが私は好き。付け合わせのソースもおいしかった。コーヒーと合計で30ルピー。

私の後から老夫婦が入ってきて、ご飯物を注文していたのですが、それもおいしそうだった。

第8回:アジャンター

バス発着所に足を踏み入れるやいなや、発車しかかっていたバスの車掌さんから「アジャンター?」と声をかけられ、次の瞬間にはバスに乗っていまし た。さすが世界遺産。ジャルガオンからベルトコンベア式に観光できるようになっているのだ。そう言えば、アジャンターとエローラは近いので、時間さえあれ ば、ほとんどの人は両方をワンセットで観光するのですが、その辺を考慮して、休みをアジャンターは月曜、エローラは火曜とずらしてあるのでした。一言ご注 意しておきますと、どちらも土日はものすごい混雑になるので、可能な限り避けた方がいいようです。

1時間余りで石窟から4キロのところに着き、そこからは州運営のシャトルバスで石窟まで運ばれる。バス乗り場の手前が「おみやげ村」になっていて、 そのいかにも人工的な店の並びを見て、なんだか日本の観光地みたいだなあと思ったら、この「施設」と石窟までの道路の建設には日本からの資金援助があった のだそうで。みやげ物屋は「荷物はうちの店に置いていきなよ」なんて言いますが、石窟寺院の入口に手荷物預かりがあるので、その必要はありません。

アジャンタ仏教石窟寺院群の建設は紀元前2世紀から始まり、その後、数百年とだえるなどして断続的に、紀元後8世紀まで続きました。全体はこんな風に、崖の斜面に馬蹄形に造られています。

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有名な再発見のいきさつと寺院に関する説明は、またまた神谷さんのサイトに おまかせするとして、個人的には、描かれた当時はどれほど見事であったことか、と想像すると胸が高鳴る、というのが率直な感想です。この日も1カ所で修復 作業を行っていたので、継続的に修復しているのは確かですが、もっと力を入れる必要がありそう。資金不足なのでしょうか。

Ajanta20427

これだけ残っているだけでもすごいと言えるかもしれませんが、スリランカのシーギリヤ遺跡の壁画、いわゆる「シーギリヤ・レディ」は、状態がすばらしかったんですよ。15年近く前に見たのに、いまだに印象に残っているほど。

ただ、劣化については、訪れる人が多すぎるという要因もあるわけで、私自身が原因なんだけどね。悩むなー。

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石窟の表玄関はこんな感じです。南インドの建築の特徴として、壁面を余すところなく彫刻してあります。

Ajanta40427 細部へのこだわりが素晴らしい。たとえば左上にズームインして撮ると・・。

上腕や腹部の重量感。本当にその下に筋肉や脂肪があるように感じるでしょ。腰のひねりと全身の優美なバランス。髪や装飾品も、細かいところまで手を抜いていない。いいねえ。

一瞬、「この部分だけでも売ったら、いくらになるかなあ」と思ってしまいました。あわわ。世界遺産に対して、なんと不謹慎なことを!

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内部は床に弱い照明があるだけで暗いのですが、フラッシュ禁止なので、写真は撮れないなあと思いつつ、カメラを見たら、ありゃりゃ、ボタンに「Hi ISO」という表示が。うう~ん、と、まことに頼りない記憶力を振り絞ると、そうそう。このカメラにはISO 3200という高感度機能がついていたのだった(ニコンの開発者が聞いたら、悔し泣きするぞ)。気がついて良かったねえ。というわけで、暗さも全く気にせ ず、こんな写真が撮れたのでした。

Ajanta50427 こういうストゥーパ(仏塔)が作られた石窟もあります。神谷さんの解説にあるように、礼拝のためのチャイティヤ窟ですね。天上はお釈迦様の肋骨でしょうか。

これに対し、ヴィハーラ窟は僧院として造られたものなので、広間を2~3畳ぐらいの小さな僧坊が囲む構成になっています。

病気や飢饉や戦禍に襲われれば、なす術もなく、命を落とすしかなかった時代に、人はこの華やかで美しい壁画や彫刻を見て、来世を夢見たのでしょう。「生は苦」という諦念が、宗教が生まれる基本なのですかね。

石窟の間には上り下りもあり、けっこう疲れて帰りのシャトルバスに乗ったら、裕福で知的レベルの高そうな(髪型でわかる。軽くウェーブをかけた ショートカットでした。庶民にはありえないヘアースタイル)中年インド人女性2人が、バスの本数が少ないと文句を言っている。外国の観光地では、もっと効 率よく運営されているとかで。「タイではねええ。どこそこではねええ」云々云々。どこにでもいるねー、こういう連中は。7ルピーのバスだよ。そんなに待つ のがいやなら、運転手つきの車を雇えよ。

おみやげ村の手前でバスが停まったので、あれ、と思ったら、ぞろぞろ人が降りる。あ!とピンときて、私も降りました。残った乗客を乗せてバスは発車。前を歩いていた外国人バックパッカーのカップルに「みやげ物屋を避けるため?」とたずねたら、やはりそうだった。

幹線道路までは1キロぐらいあるので、そのイギリス人カップルといっしょにテクテク。まだ学生のような若さで、男性の方は太っちょクンでしたが、女性の方は小さくて細いのに、大きなバックパックを平気で背負っている。

私が日本から来たと言うと、行きたいー!と2人で大興奮。実は昨年、彼女の誕生日を挟んで2人いっしょに休暇を取れそうになり、日本に行こうかと調べたのだそう。ところがその時期がたまたま折悪しく、日本ではゴールデンウィークということで、

「この期間は、貧乏人は旅行を諦めろってガイドブックに書いてあったー」

でも、いつかは行きたいということで、おススメを聞かれたので、「ちょっとしたハイキングが穴場ね」と言うと、さすがインターネット時代ですね。もう知っていました。それどころか、世界最古のホテルが日本にあるらしいから、そこに行きたいなんて言う。

「えー!私、そんなの知らない!」ということで、大笑い。

いやー、本当に知りませんでした。帰国してから調べたら、石川県粟津温泉の法師旅館。717年創業で、現存する宿泊所としては世界最古だそうです。

2人は私と逆にアウランガバードから来たと言うので、良いゲストハウスを教えてもらいました。宿を決めていなかったので、ラッキー。

第9回:アウランガバード

ギュウギュウ詰めのバスに揺られて2時間半でアウランガバードに到着。ちなみに、大きな荷物を持ってバスに乗るときは、ドライバーの背後か横の空所に置かせてもらう。

ある土地について事前にいくら調べても、地図や写真を見ていても、着いてみて愕然とすることがたまにあります。アウランガバードもそういう予想外の場所のひとつでした。

とにかく歩きにくい町なのだ。片側3車線ぐらいはありそうな広い道路を、車線も交通規則も皆無で、車やバイクがもうもうと排気ガスを撒き散らし、ク ラクションを鳴らし続けて走り回る。渡るのはもちろん大変だけれど、ただ道路の脇を歩くだけでも、その猛烈に悪い空気で、10分ごとに健康が悪化するのを 感じたね。いや、誇張ではなく、20分歩いただけで、咳が出始めたんですよ。

でも、イギリス人カップルに教えてもらったホテルは、エアコンとテレビつきの広々とした部屋が600ルピーと、とってもお得。朝はお湯が出るし。ベランダに物干しロープが張ってあるのも気に入った。

気を取り直して、この町の郊外にあるビビ・カ・マクバラという観光名所にオートで行ってみました。

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タージマハールの複製みたいでしょ。17世紀にここを治めたムガール朝アウラングゼブ帝が妃を葬る廟として建造させたものです。タージマハールよりもショボイということで、「貧乏人のタージ」とか呼ばれちゃってるんですが、比較さえしなければ、十分きれいですよ。

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左は窓を内側から撮影したところ。右はその横の壁。イスラム建築では偶像を飾ることは禁じられているので、アラーや聖人を描いた絵や彫刻はないんですね。こういう幾何学的美しさが特徴のひとつ。

帰りは市内バスに乗ったら、循環タイプの路線だったようで、グルグルと大~回りをして、ほんの5キロぐらいの距離に1時間ぐらいかかってしまった。乗ったときに運転手が私に「なにやらかにやら~」と言っていたのは、その意味だったらしい。

Burka0428 バスの上から、走るバイクの群れを観察すると、やはり空気の悪さは相当のものらしく、西部劇の銀行ギャングのように、バンダナをしばって顔の下半分を覆 い、バイクを運転している人がけっこういる。でも、敬虔なイスラム教徒の女性の場合、その辺は便利で、ブルカのままでいいのね。

ブルカ姿の女性を真正面から撮るなどという失礼なことはできないので、後日、ある駅で列車の中から、フレームの隅に入るような角度で盗撮(?)しました。敬虔な方は、40度を超える猛暑期でも、この格好なのでしょうね。

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Ashoka's Veg Restaurantという、この土地で人気のレストランで、Cheese Pav Bhaji(チーズパブバージ)、Raitha(ライタ)、マンゴーシェイクの夕食。パブは左に乗っているパン。バージは野菜のスパイス煮。それにチーズ がかかって、ちょっと贅沢。ライタは右上の白っぽいもの。ヨーグルトにタマネギやキュウリが入っている。どれも結構なお味でした。バージは野菜の煮込みと いう単純なものなので、立ち食い店のような安い店で食べると、「辛い」が唯一の味だったりしますが、ここのは何種類もスパイスを使っていて、味だけでな く、香りも良かった。

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