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ボリビア旅行3:白い町スクレ

サブパック1つでスクレに到着しました。出口の外にミニバンが見あたらないので、しょうがないからタクシー(30ボリビアーノ:少し高めですが、こういう状況ではやむをえず)にしたら、

タクシーの兄ちゃん:悪いけど、ちょっと歩いてね。

というわけで、ここでもブロケオ強行中なのでした。空港の敷地の外に、サンタクルスと同じように、数百人が立ったり座ったり、石を並べたり、ちゃっかり屋台を出しているおばさんもいて、串焼きを焼く、いい臭いがしたりしています。

そこを通過してタクシーに乗ってから、兄ちゃんに、ここでは何を要求しているのかをたずねたら(この程度なら、スペイン語で言えるのだ)、公共料金(電気?)の値上げに反対しているのだそうです。10%の値上げというから、無理もないかも。

道路封鎖というのは、どう考えても道路交通法違反だから、遵法闘争とも言えず、かといって、官権と体を張って正面からぶつかるわけでもなく、本気で抗議活動やってんのか?と、どやしつけたくなる人もいるかもしれませんね。なにせ土日やお祭りの日は、ブロケオはお休み(!)なのだ。

当然、ボリビア国民の間でも、「いいかげんにしろ!おめえら!」という声は強く、実際、ブロケオを打っても、要求が通らないことが多いわけで、運動を進める側と政府・自治体側の両方で、そろそろ変化があってもいい頃合いです。

ただし、ここで急いで付け加えておきますが、17世紀のスペインによる植民地化と、その後のスペインによるすさまじいまでの富・資源の収奪から始まり、20世紀末まで、ボリビアでは政治の安定も人権の主張も、ほとんどないまま、クーデターに次ぐクーデターで、国民が命の危険を感じずに不満を表現できるようになったのは、ほんのここ10年ぐらいのことなのです。

特に、ボリビアは南米の中でも特に先住民の割合が多い国です。正確には、先住民であると主張する人の割合ですが。スペイン系をはじめとするヨーロッパ系の人たちとの混血が進んでいますから、実際のところは不明です。いずれにせよ、自分は先住民であると自認し、ケチュア語やアイマラ語を母語とする人たちが6割以上で、この人たちは17世紀から20世紀まで、社会の底辺に置かれていたわけ。

2006年に初めて先住民出身のエボ・モラレスが大統領に就任し、ようやくボリビアの多数派である先住民の国民が、「ものを言える」状態になったのです。

だから、「個人として言いたいことを言う」、「公に対して要求を突きつける」ことが、本当に可能なのだと、国民が確認している状況なのかもしれません。

さて、20分ぐらいで着いたスクレの町。

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美しいぞお~。

Sucre1306202

町中が真っ白なのよ。この町の景観全体を指定対象として、世界遺産に指定されています。

でも、この美しさを維持するのって・・メンテナンスは・・と思うでしょ?私も思いました。そうしたら、案の定!

Sucrepaint130620

1日に少なくとも2~3箇所は、この作業にお目にかかります。塗装業はスクレでは超安定産業ではないかと。

ホテルの部屋の窓から見た通りはこんな感じ。

Sucrestreet130620

標高2700メートルで、空気がさわやか。気候も良いし、景観も良いし、住みやすそうですよ。ただ、この通り、生活水準が高そうなので、物価は高め。

実はここ、憲法上のボリビアの首都です。ただ、政治の中心は国会があるラパスで、実質上、ラパスが首都の役割を果たしており、経済的な中心は大都市サンタクルスで、「本当の首都はウチなのに!」と、スクレの住民は不満みたいよ。

スクレのもうひとつの特徴は、大学が多いこと。大学町なんですね。学生が町中にあふれています。そのせいか、夜も若者たちがゾロゾロ歩いていて、女の子たちだけで歩いている集団もあり、旅行者にとっては安心感があります。

これは大学生ではなく、高校以下の子どもたちですが、学校のマーチングバンドがスクレの目抜き通りで練習(たぶん)をしていました。

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