ナミビア旅行2009

第0回:サファリなのだ

2009年9月15日(火)

今日から、毎年恒例の海外旅行に出かけます。この御時世に気楽なもんだと言われてしまうと、その通りなので、何も言えませんが、ま、とりあえず遊ん で、その後に手元不如意になったら、生活を切り詰めれば良いかな、と。ん~。ますます気楽だ。

今年はこれまでよりも「やや」リッチ。その理由は、行くところがアフリカ南部のナミビアという国で、日本の2倍の国土面積に、総人口は200万人。 札幌市の人口より少し多いくらい。当然、公共交通機関の利用者が少ないわけですから、バスや鉄道は発達していない。

そこで、ツアーをインターネットで予約しました。ランクルを改造したような車にツアー客10人ぐらいとドライバーとガイドが乗り、国立公園で動物を 見たり、砂漠を見物したりして、宿泊はキャンプ場でテントを張り、2000キロを移動します。このタイプがいちばん安かった。それに、食事も国立公園の入 場料も、全部コミですから、ツアー中はほとんどお金を使わない。それでも、インドをブラブラの旅行と比べると、倍ぐらいかかるなあ。ハア・・・・ため息。

昨日、友人から電話があり、(ツアー客の中に)「変なヤツがいても、喧嘩しちゃダメだよ!」と言われてしまったのですが・・

「むむむ。そ、それは、約束できない!」

平和主義者なので、喧嘩はしないけれど、変なヤツがいたら、何も考えずに「あんた、変じゃない?」と言ってしまいます。なにしろ、なにか考える前に 言葉が出てしまうわけだから、それを止めることはできない!

ああー、変なヤツがいませんように。

と、不安はありますが、行ってまいります。

第1回:無事生還!

第0回で説明したように、アフリカのナミビアとその周辺を旅行していました。一部の心優しい関係者諸氏のご期待ご心配に もかかわらず、ワニにもライオンにも喰われずに、無事に戻ってまいりました。こんなところですよ。(画像をクリックすると拡大されます)

Dunes091005_2

 

例によって、少しずつ旅行日記を書いてゆこうかと思います。今回はサファリツアーに参加したので、ガイドさんと助手さんを含めたツアー仲間との交流 を頻繁に取り上げることになりそう。まことに興味深い人生を歩んで来られた役者揃いです。乞うご期待!

第2回:山あり谷あり

9月15日(火)+16日(水)

日本からナミビアまでの直行便などはあるはずもなく、それどころか、意外なことに、南部アフリカ地 域でダントツの大国である南アフリカまでさえ直行便はないのです。成田→(この部分は全日空と南アフリカ航空のコードシェア便)香港→ヨハネスブルグ→ ウィントフックという2回の乗り継ぎに、計画時はため息をついたのですが、実際に乗ってみたら、足を伸ばせて良かった。

成田空港でANAのチェックインが長蛇の列なので、機械で自動チェックインしたら、香港から先は自動ではできないのです。香港で南アフリカ航空に チェックインが必要なので、不安に思っていたら、ANA機を降りたところで私の名前を書いたカードを持った女性に迎えられ、チェックインカウンターまで案 内してくれました。ANAがドラゴンエアーという提携航空会社に連絡して、案内を手配していてくれたのです。こういうサービス、いいね。

と喜んだのもつかのま、香港→ヨハネスブルグまでの長時間飛行が、あなた、つらいのなんのって!私は元々、地球の自転と逆方向への飛行が苦手なの よ。それが正味13時間近くだもん。頭痛はするわ、気持ちが悪くなるわ、それでも睡眠時間は確保したところが、われながらすごいけど。

成田を19時に出て、ウィントフック着が翌日16日の11時。それに時差7時間を足すと、飛行時間と乗り継ぎ時間の合計で22時間かかったことにな ります。途中、ああああああ~、こんな旅行やめればよかった~、もう帰るううう。と悔やんだものの、飛行機から飛び降りるわけにもゆかず。

ベソをかきかき着いたのが、こんなところ。

Windhoekairport1008

ガラ~ン。

念のために言っておきますが、種子島の空港ではないよ。一国の首都の国際空港です。飛行機から降りて、歩いてターミナルまで行くなんて、オツではな いですか。

このアッケラカ~ンとした感じと乾ききった空気で、なんだか楽しくなってしまい、気分は「わっはっはっは!やっぱり来て良かった!」へと一変。良い 気分のついでに太っ腹になり、タクシーを値切りもせず($N250=約3000円)、市内のB&B(ベッド・アンド・ブレックファストの略です。 朝食付きの宿)へ。

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広々とした清潔な部屋に湯沸かし器とコーヒー・紅茶が用意され、プールも使えて、朝食付きで$N430(5300円)。良い宿でした。番犬も完備。

Uhlanddog1008

ここの経営者はドイツ系ナミビア人。へ?ドイツ系?と首をかしげた方も多いでしょう。私も今回の旅行まで全く知らなかったのだけれど、南西アフリカ という国名で呼ばれていた1884年から1915年まで、ドイツの植民地だったのです。歴史については、先で徐々に紹介するとして、ここではとりあえず、 いまだにドイツ系ナミビア人は富裕層として経済的に重要な役割を果たし、ドイツの影響は社会のいろいろな部分に残っている、とだけ言っておきましょう。例 えば道の名前。

Strasse1008

ゲーテ通りです。これ以外にもモーツァルト通りとかベートーベン通りとか。建物も植民地時代のものが残っています。

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鉄道駅。列車は一日2~3本だけど。鉄道博物館はなかなか面白かった。

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さて、これは何?このブログを長年読んでいる人は覚えているかも。これです。トークン交換をする時にトー クンを取り付ける器具。この博物館の管理人は「トークンホルダー」と呼んでいました。説明は一 昨年の書き込みでどうぞ。

ウィントフック(土地の人はドイツ語の読みでヴィントークと発音します)の市街全体は、幅の広い道路が縦横にどーんと走り、中央にコチョコチョとビ ルが集中し、あとはガラーン。繁華街を一歩出れば、人の姿はまばら。

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こんな感じ。道でアイスキャンデーを買いました。懐かしい味。$N5(60円)。ちなみにスーパーで買い物をしてみると、物価は加工品に限れば日本 とほぼ同じでした。駅もトークンホルダーも見たし、アイスも食べたし、いい気分でフンフンと繁華街のモールへ。モールはどの国でも同じで、きれいなブ ティックや土産物屋が並び、完璧に無個性。

ところが、モールの中だからと気の緩みが出たのがまずかった。ベンチに座り、地図を広げたら、若者5~6人の集団に囲まれてしまったのだ。「どこへ 行くの?」などと口々に言いながら地図に手を伸ばすので(一人がそうやってこちらの注意をそらしているうちに、仲間がバッグを盗むという手口)、その手を 振り払おうとしたら、前の店から女性店員が飛び出してきて、大声で集団を怒鳴りつけてくれた。集団の注意がその女性に向かったスキに、なんとか逃げること ができました。

まだドキドキしながら、もう宿に戻ろうと歩いていたら、今度は、大して混んでいない路上で、「あ、失礼」とぶつかってくる男がいる。ジッパーでしか 開けられないバッグを胸に抱えるように持っているので、何も盗まれなかったけれど、どう考えてもスリ。

人より野生動物の方が多いようなナミビアで、こんなことがあるなんて。なんだか異様に激しく落ち込んでしまいました。どんな国でも繁華街だけは要注 意ということは常識なのに。でも、振り返って考えてみると、空港からの雰囲気があまりに平和で素朴だったので、落差が激しすぎたのかも。

もう宿から出たくないような気分だったけれど、お腹が空くのはいかんともしがたい。なるべく宿に近いレストランということで、La Marmiteというアフリカ料理の店に行ったら、これが大当たり!

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店でナンバーワンの人気定番メニューだよ、とウェイトレスに勧められ、カメルーンカレーを食べました(ここのシェフはカメルーンの出身)。インドの カレーほどスパイスが複雑ではなく、塩を中心に、さらりとスパイスを加えた素朴な味つけ。大満足。しかも、ここでちょっと面白いことがあった。それについ ては次回。

とまあ、こんなわけで、初日、2日目と、気分が激しく上下変動し、これから先、どうなるかしらと不安になりつつも、しかも時差があるにもかかわら ず、やはり熟睡してしまうのでありました。

第3回:ヤバいニイちゃんナミビア版

La Marmiteでお食事中に目撃した場面を書こうと思うのですが、ここで必要な予備知識として、ナミビアの言語についてお話ししておきます。

総人口は200万人足らずなのですが、なにしろ広いので(日本の倍以上)、先住民としてオバンゴ、カバンゴ、ダマラ、ヘレロなどの民族が融合せず、 それぞれ異なる言語を持つ状態が維持されています(ダマラ出身のガイドさんから、舌を鳴らす珍しい発音を教えてもらったので、いずれ紹介しますね)。さら に、ドイツ植民地時代後の1914年から1990年の独立まで、白人支配時代の南アフリカに占領された時代があり、南アフリカの言語であるアフリカーンス 語(オランダ語にフランス語、ドイツ語、マレー語が混じり、さらに英語の影響を強く受けた言語)が長年、共通語として使われてきました。そして、独立時に 英語を共通語と定めたので、若者や子供たちは英語で教育を受けています。

このような複雑な事情で、地方では部族の言葉しか話さない人たちもいますが、職を求めて地方から人が流入するウィントフックのような都会では、ほと んどの人が出身部族の言葉に加え、共通語である英語やアフリカーンス語も話すという多言語状態が普通です。前回説明したように、ドイツ系ナミビア人がいる ので、ドイツ語を話す人も多い。また、職場やご近所などでの交流の中で、カタコトだけ話せる言葉もあります。

このようなわけで、La Marmiteのウェイトレスのお姉さんは、英語で注文を取り、その注文を別の言葉でキッチンに伝え、常連客らしい女性には、また別の言葉(と思われる) で声をかけている。

さて、私の後に20代前半ぐらいの若者が入って来たのですが、のっけから「WAZZU~P?!(よっ!元気?)」と、アメリカのご陽気ニイちゃんた ちの決まり文句(ご参考までにバ ドワイザーのCMをどうぞ)をアフリカ風の発音でわめきつつ、派手に登場。

私の前の席にドサッと腰を下ろし、ウェイトレスに今度は別の言葉で、ものすごい早口の大声で、なにかまくしたてている。彼の大げさな身ぶり手ぶりと ウェイトレスの反応から、何か大変なことを経験して、それを話しているらしい。奥にいた他の店員たちもやって来て、みんなビックリしたり、「それはいかん ねー」というように眉を寄せて首を振ったり、とにかく大事件だったようなのだ。

ひとしきり話し終わり、店員たちが散った後、今度は携帯電話を取り出し、またまた、まくしたて。それも一人ではなく、数人にかけ続ける。その中で、 ときおり混じる英語から判断すると、自動車事故に遭い、入院していたらしいのです。そのうち留守の相手がいて、なぜか留守電への吹き込みは英語でするの だ。「とにかく頭に来てんだよ!今夜、オレんとこに来いよ。みんな集まるからな」という内容。

退院祝いでもするのでしょうか?なにかなーと気にはなるが、カレーを食べ終わってしまい、グズグズしているうちに、

「どうしたんだよー」と言いつつ、彼よりも少し若そうな友人が入って来ました。さきほどの電話で呼び出したようです。この若者とは英語でのやり取り がいちばん便利なようで、ここから先はほとんど英語に。

(やった!)と、胸の内で手を叩くそのまま。

友人が「マジかよ?ケガ、どうなのさ?」と聞いたら、ご本人、パッと立ち上がり、着ていたTシャツをビャッと胸の上までまくり上げた。

ギャッ!

腹部にすんごい大きな、それも生々しい傷跡。友人は反射的にのけぞり(私は気持ち悪くて目をそらしてしまった)、

「うっひゃー!おっかねー!そんなの見せんなよ!」と、目の玉が飛び出しそうになってしまった。ご本人は真っ白い歯をズラリと見せてニンマリし、な んだか得意そうなのだ。

その後、友人と並んで腰を下ろし、彼が語るには、夜に郊外の道を走っていたら、白人が運転する車に追い越されそうになり、抜かれてたまるか!とス ピードを上げたら、相手も負けじと加速し、この野郎!とやっているうちに、なんと、崖から落ちてしまった!

車は崖下の岩にぶつかって跳ね、丸々1回、回転したとのことで、友人はますます目を丸くして、

「ひええええ。そんじゃ、生きてるのが奇跡いい~?」

本人、「まあな」と、ますます鼻高々です。

そこまでは、九死に一生を得て幸運でしたねえ、という話なのだけれど、そこから話はちょっと物騒な方向に進み、

「このままじゃ済まねえからな。車はオシャカだしよ。白人野郎は許さねえ。借りは返させるぜ」

なんて言ってる。話しているうちに、ますます興奮が募り、「借りを返させる」という同じフレーズを何度も繰り返した末に、「相手は4人だけどな。 こっちも今夜、みんなを集めるからな」と、ますますヤバいことに。

その後は、ヒソヒソ話になったうえ、そろそろ混み合う時間帯になり、客が続々と入ってきたので、残念ながら、そこまでで私は席を立ちました。

あの後、どうなったのか・・。

第4回:キャンプ生活

2009年9月17日(金)

いよいよWild Dog & Crazy Kudu Safarisの(ワイルドドッグという会社とクレイジークドゥという会社が数年前に合体)14日間サファリツアーに出発・・なんです が、その前に、全体の行程と毎日のキャンプ生活を大まかに説明しておきます。

Deltadeunesmap1013

名前が赤線に隠されてしまっていますが、下の線の真ん中あたりが出発点のウィントフックです。そこからまず右(東)へ向い、国境を越えてボツワナに 入国し、キャンプ場で1泊した後、北上してオカバンゴデルタという湿地帯に入ります。湖畔のキャンプ場で1泊、次に湿地帯の小島で2日間、設備のないとこ ろでキャンプ、湖畔のキャンプ場に戻り1泊。ナミビアに戻り、エトーシャ国立公園、南下して大西洋岸、最後に砂漠を訪れた後、ウィントフックに戻ります。

キャンプ生活は、だいたい5時か6時ぐらいに起床して7時か8時に行動開始。動物が休む午後は私たちも休みで、夕方にまた活動。9時に就寝。

車はこれ。

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車に詳しい方なら、ありゃ?どこかで見たことが・・と思うかも。これ、元はトヨタのダイナというトラックです。トラックの荷台を取っ払い(と言うよ り、そもそも後ろは用途により、いろいろ変えられるようになっているみたい)、サファリ用の大きな窓と床下に荷物入れをつけた14人乗りの部分をはめこん だもの。前についたガードがすごいでしょ。これで移動もサファリも両方バッチリ。運転は全部、ガイドさんがします。

テントはこんな風に組み立てる。

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すごく単純な作りのテントで、折りたたまれたポールを伸ばし、テントの天井と底面の頂点のフックをポールに掛け、底面の頂点の先を地面に差した後、 テントの4辺に並んだフックをポールに引っ掛けるだけ。

それがけっこう力がいり、指が痛い痛いと、みんな最初のうちは大騒ぎ。私のようなチビは、いちばん上の部分に手が届かないので、いつも助手さんに助 けてもらったりして。でも、慣れると10分もかかりません。先に済んだ人が他の人を手伝ったりするので、全部のテント張りは、あっという間に終わり。

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はい、でき上がり。玄関部分に置いてある袋はテントとポールの収納袋。ご覧の通り、四面に網付きの窓があって、暑いときはこうやって外側の布をクル クル巻き上げておきます。ワイルドドッグが提供してくれるマットレスに自分の寝袋を敷いて寝床にする。中は広いよ。2畳ぐらいありそう。それもそのはず で、私は1人だったけれど、本来2人用で、190センチ以上の長身の人が2人でも寝られるようにできているわけで。ジッパーはYKKですから心配なし。

たぶん皆さん興味があると思われる食事は・・

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折りたたみ式のテーブルを広げて即席キッチンです。これは昼食なので、助手さんがパンや野菜やハムを準備中。

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調理の火は、キャンプファイヤーのたき火やキャンプ場のかまどを使いますが、それ以外に、こんなガスボンベも使います。これ、便利よ。登山で使うボ ンベを巨大にしたような感じかな。ものすごい火力。この時は、ガイドさんがホットドッグ用のソーセージをゆでていた。

食卓はべつにないので、

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こんな風に折りたたみ椅子にすわり、お皿を抱えて食べたり、立ったまま食べたりします。

私はもともと贅沢な生活をしていないし、ハイキングにも慣れているので、そういう人間の言うこととして、控え目に聞いてもらうといいかと思います が、このキャンプ生活、まことに快適でした。言うことなし。

10年以上の経験があるサファリツアー会社で、その間に顧客からフィードバックを受け、改善を重ねてきたとおぼしき要素が、あちらこちらに見受けら れます。たとえば、テントとマットレスには、初日に使うときに自分の名前を記入します。その後、ツアーの間中、同じテントとマットレスを使う。汚したりす ることもあるし、そもそも毎日同じのでないと気持ちが悪いという人がいたのではないでしょうか。

第5回:サファリにGO!

朝8時半にWD(ワイルドドッグを省略)の車が迎えに来るというので、宿の前庭に出て待っていました。実はドキドキ。第 0回でも書いたように、ツアーについて若干の不安がありまして。

だいたい、これまでの一生で、赤の他人との泊まりがけのツアーというのは、数十年前、歩くスキーを習うために2泊3日で行ったのが唯一の経験。それ に、日常生活自体、会社勤めはしていないし、一人暮らしだし、集団行動というものはハイキングぐらいしかやっていない。それが一気に14日間だからね。だ から、ツアー仲間についての心配ではなく、自分自身が集団行動について行けないのではないかという心配でして。入園式当日の5才児の心境。

さて、WDのワゴン車がやって来て乗り込み、ども~と挨拶すると、もう乗り込んでいた人たちが口々に挨拶を返してくれて、とりあえずイイ感じ。ドラ イバーの兄さんが、

「はーい。これで最後でーす。事務所に戻るよお」
「え?これで全部?」
「そうだよ。全部で7人」

やったー。14人定員のところが7人!

「いい人数だね」と言いながら着席したら、後部席の女性が「ホント!定員いっぱいで、隣の座席の人に体臭があったらどうしようって、すんごく心配 だったんだあ」と。それでワハハと笑いが広がり、なんだかますますイイ感じ。

WDの事務所に戻り、客の荷物を例のサファリ用トラックに移す間に、今回のツアーのガイドさんと助手さんが登場。この方たちです。

Guide1017 ガイドのヴィレム。ダマラという総人口の7.5%を占める少数民族の出身です。この民族の言語には、舌を鳴らす発音が4種類もあって、とても難しい。

WDに加わる前からのガイド業で、経歴は16年。大変な仕事ですよ~。14日間ずっと、あの大きな変形トラックを運転して(ツアー中の事故や問題は すべてガイドが責任を取るので、助手は一切、運転しません)、運転しながら、はるか遠くにポチッと点のようにしか見えない動物を見つけ、地質や文化や歴史 の説明をし(運転席にマイクがついていて、後ろの席にアナウンスできるようになっている)、所々で立ち寄る町で食材などの買い物をして、朝昼晩と食事を作 り、その他、とにかくツアーに必要なことは全部、やります。しかも、その間ずっと、ご陽気なの!

Assistant1017 アシスタントのカレブ。ヘレロという総人口の8%を占める少数民族の出身。ヴィレムとカレブの母語は全く違う系統の言語なので、2人は英語で話します。

WDに加わって数年とのことで、「ガイドまでの道は遠い」のだそうです。いろいろなガイドと組んで仕事をしてきたので、知識はあるけれど、まだまだ 遠くの動物は見つけられない。それに、元来が控え目な性格なので、今回のような問題のないメンバーならいいけれど、客同士の喧嘩なんかがあったら・・うー ん、どうかなあ。でも、細かい気配りのできる人で、客がテントに手こずっていても、各メンバーの能力に合わせて部分的に手伝ってくれるのだ。助手が全部 やってしまったら、「テントぐらい自分で張れるぞ」と、ヘソを曲げる人もいそうじゃないですか。これまでの経験で学んだのかもしれないけれどね。

まず全員集合して、さあ、30分ぐらいは説明会かな、と思ったら、ヴィレムから今日の予定と、「すべてはガイドである私の責任」という説明があった だけで、食事やテントについては、必要に応じてそのたびに説明するとのことでした。これもたぶん、「最初にまとめて説明しても、客は何も覚えていな い」(WDの人に確認したわけではないけれど、絶対そうだって!)という経験則によるものではないかと。

ちょっとお茶してからトラックに乗り込み、乗り込んだ順に着席。でも、この時の席に特に問題がなかったので、最後まで、この席のままでした。

さてさて、出発!

第6回:そんな仕事があったのか!

Deltadeunesmap1103 さて、第1日目は左図のような行程で、国境を越えてボツワナに入国し、カラハリ砂漠をひたすら爆走します。

写真を載せる気にもならないほど、潅木がパラパラと生える、な~んにもないところ。な~んにもないので、道路はまっすぐ、作ってしまいました。

View1103

       でもまあ、いちおうどんな感じか、窓外の光景を掲載しておきます。

途中、スーパーとガソリンスタンドに寄り、ガソリンと食料を補給。客はせっせとビールを買い込み。

Beerbrands1103_2 ちょっと意外かもしれませんが、ドイツの植民地だった関係上、ナミビアのビールはけっこう旨い。

TAFELとWindhoekというブランドは、日本でも、世界のビールを売っている店では見かけるので、試してみてください。

道中、少しずつ客は打ち解けて、いろいろ個人的な話をするようになるわけですが、ボツワナ入国管理局で、外に降りたとき、1人で参加していた40才 見当の女性、ダイアンに、2人で参加していたジョージーナとヘレン(30代半ばぐらい)が、「どんな仕事してるの?」とたずねると、ご当人、ちょっと躊躇 して、それから思い切ったように、

「刑務所を作る会社のプロジェクトマネジャー」

はああああああ?

取り囲んだ我々3人、全員の顔に「?????」という空白的表情が浮かんでしまった。そうすると、たぶん、こういう反応に馴れているのでしょうね。 ダイアンは要領よく説明してくれました。

考えてみれば当然かもしれないのだけれど、刑務所を新築したり、改築・改装したり、となれば、そのたびにその地方の建設会社と契約するわけにはいか ない。機密保持のために、毎回、ものすごく複雑な調査と契約をしなければならなくなるでしょ。各地の刑務所の間で揃えなければいけない要素もあるでしょう し。

それで、刑務所を専門にする建設会社があるのだ。彼女はそこのプロジェクトマネジャーで、けっこう偉い人なのでした。大学での専門は地質学で、そこ から現場監督などの職を経て、数年前から現職。現場監督の頃は、ヘルメットかぶって雨の中、何時間も立ちっぱなしという仕事もあったそうで、今はデスク ワークだからラク~と、そのあたりは今の仕事に満足しているらしい。

見た目はブロンドでガッチリした体格で、ツアーの細々したことに特に口出しするわけではないのだけれど、なんとなく命令することに馴れた人かなあ と、私は想像していたんだよね。今回の休暇のことで、「秘書がスケジュールのやり繰りが下手で困るのよ!」と怒っていたし。でも、まさか、こういう珍しい 仕事だとは、想像しませんでした。

ちなみに、イギリスでは刑務所施設が絶対的に不足していて、10年分ぐらい仕事が遅れているんだって。不況知らずの業界なのだ。

こんな話をしていたら、こんなカワユイ虫が来ました。女の子たちは(むむ・・女の子というには、チト、トウが立っているが、ま、いいことにしよう) 喜んじゃって、たまたまカメラを持っていた私に、「撮って撮って!」と大騒ぎ。でも、これ、何?

Insect1103

第2回半:受難の愛煙家

なぜか2回「半」に戻ってしまったのは、書き忘れに気づいたためです。ちょっとカレンダーを戻して、舞台は9月15日から16日にかけて、全空路全 面禁煙の南アフリカ航空香港→ヨハネスブルグ機上。

香港を出て数時間後、アナウンスがありました。

「トイレで喫煙されているお客さま。喫煙は堅く禁じられております。違反した場合は処罰の対象になりますので、直ちにおやめください」

やっぱりいるのねえ。

さらに数時間後、

「トイレでタバコを吸っているあなた、すぐにやめなさい!」

そして、さらに数時間後のアナウンスでは、

「まだ吸っていますね。バレないと思っているのでしょう。必ず突き止めて、つかまえるからね!覚悟しなさい!」

おっかねー。確かに、つかまえることは難しくなさそう。吸い殻をトイレに流しても、臭いは消せないもんね。次に入った人がチクればいいんだよね。で も、ただの脅し・・かな?

と思っていたら、ヨハネスブルグ到着後、飛行機が止まり、乗客が席から立ち上がり始めた時に、またまたアナウンス。

「Mr.ナンタラカンタラ。他の皆さまの降機が始まる前に、機の先頭までおいでください」

機内に広がるどよめき。

私の横の通路に立って降機の順番を待っていた女性が、思わず「あらあら」と反応したら、その後ろにいた女性が、「本当につかまえたのね」と受けて、

「でも、こんなに長い飛行で、ニコチン依存症だったら、我慢するのは大変よねえ。要するに依存症という病気なわけでしょう?」

と、同情発言。

でも、禁煙だということは事前にわかっているわけだし、何か我慢するための対策を講じておけないのかね。パッチを貼るとか。いちばんいいのは眠って しまうことだと思うけど。

つかまったMr.ナンタラカンタラは、その後、どうなったのでしょうか。

第6回の途中:教育はフリー?

第6回の終わりで、すでにナミビアとボツワナの国境まで進んでしまったのですが、またまた書き忘れがあったので。チョコっと、第6回の真ん中あたり に挟ませていただきます。

ボツワナに入国する前にスーパーで食料などを買い込んだのですが、それはボツワナの方が物価が高いから。

ボツワナは第二次大戦後に植民地支配から脱して独立したアフリカ諸国中、経済面では優等生と言われ、ダイヤモンド、金、ウラン、銅などの豊富な鉱物 資源を基盤に、安定した経済発展を遂げてきました。購買力平価を考慮した一人当たりの国民総所得(経済用語ですが、ま、どれだけ物が買えるかという基準だ と思ってください)はマレーシアと同じぐらいです。

ナミビアも鉱物資源は豊富なのですが、なにしろ世界の国で人口密度が下から2番目(最下位はモンゴル)で、しかも、異なる言語と生活様式を持つ多数 の部族があり、人を集めて産業を成り立たせるのが大変。それに、南アフリカの不当な支配を脱し、独立したのがわずか16年前で、まだ国の形を整えている最 中なので、購買力平価を考慮した一人当たりの国民総所得はボツワナの半分ぐらい。そんなわけですので、物価も当然、大違いです。

それで、国境前のゴバビスという町で大きなスーパーに寄ったのだ。上から見るとこんな町。

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photo: Brian McMorrow

ナミビアの新しい町としては典型的な形態で、そもそもはキリスト教の伝道師が布教のために開拓した町です。

ガイドさんたちが買い出しをしている間、私たちは飲み物を買ってトイレに行ってしまえば、もうすることもなく、車の周囲でブラブラしていたのです が、そこへ小学生ぐらいの男の子たちが3人、やって来た。垢じみて穴の開いた服から見て、目的は明らか。

オーストラリア人老夫婦の夫の方であるボブは、「金、くれー」という子供たちに囲まれ、「だめだよお」と言いつつ、「学校に行かないの?」と、たず ねている。子供たちは「学校、休み」とかなんとか、嘘を言うのだけれど、シンナーか接着剤か、そんなものをやっているらしく、目つきも口調もおかしい。

ボブは「学校に行かなくちゃ」と、何度も繰り返している。「ワンダラー!ワンダラー!」(ちなみに、この子たちが言うダラーはナミビアのドルではな く、米ドルのこと)と口々に叫んでいた子供たちは、それに応じそうもないボブの様子に、最後にはキレて、「金がないと、学校に行けないんだよ!だから、 金、出せよ!」と、金切り声に。ボブは少し悲しそうな顔になりながらも、"Go to school....Go to school..."と繰り返しながら、妻のアンから手渡されたキャンディーを差し出す。

そこへガイドさんたちが戻ってきたので、男の子たちはキャンディーをつかみ取って、逃げて行きました。

助手のカレブは、少し真面目になってしまった私たちの表情を読んで、「生活が苦しい人たちもいるから」と、なんだか言い訳するような口調になってい ました。生活が苦しい人がいるのはどの国も同じだけれど、貧しくても義務教育だけは受けられるような制度が整備されていないのでしょう。

農業や牧畜で生計をたてて、昔ながらの生活ができる人たちには、また別の人生があるようにも思いますが、町で仕事をして生活しようと思えば、読み書 きと簡単な計算ぐらいはできないとね。

後日、ガイドのヴィレムとおしゃべりをしていて、教育制度のことをたずねたら、実際、子供たちの言葉は、まんざら嘘でもない。「憲法には義務教育は フリーと書いてあるんだけど、実際にはお金がなければ学校には行けないんだよ。教科書も制服も買わなくちゃならないし」。それと、やはりまた人口密度の問 題で、小学校でさえ、とてもじゃないが、全校生徒が歩いて行けるところには造れない。バスに乗るにしろ、寮に入るにしろ、そこでもやはりお金がいる。児童 労働の問題もあって、子供の80%が小学校に籍があると言いながらも、働きながら勉強という子供もいるから、全員が毎日通学しているわけではなさそう。

で、それを憲法違反ではないかと政府を批判すると、こんな答えが返ってくるのだそうです。

『フリー』というのは、南アフリカの支配下でアパルトヘイト制度が敷かれていたときは、黒人には教育を受ける権利がなかったけれど、今はだれでも 『自由に』教育を受けられるという意味で、『無料』という意味ではない。

まったく、官僚というやつは、ねえ。どこぞの国の官僚も、こんな屁理屈を言いそうじゃないですか。

でも、べつにこれは政府の公式見解ではないらしく、ナミビア政府は政府予算の20%を教育にあてて、義務教育制度の徹底に向けて努力しているそうで す。有効利用されていればいいけれどね。

第7回:テント泊初日

Ghanzitrailblazers1117_2 ボツワナに入国後、カラハリ砂漠を突っ切る幹線道路で北に進路を変え、トレイルブレイザーズというツアー最初のキャンプ場に向かいます。

道路脇にこんな看板が。うちがナンバーワンよ。いらっしゃい。って感じかな?

ボツワナはなにしろ動物王国なので、国中にキャンプ場があり、ここもそうだったのだけれど、キャンプ場だけでなく、宿泊施設を併設しているところが 多い。目の玉が飛び出るほど高級なところもあります。

例えば5日間1万ドル(米ドルだから90万円ぐらい)のツアーというのがあって、もちろん高級ホテル泊まりで、ゾウに乗ってサファリなんだって。ふ ざけるな!と、思わず口走ってしまいそうになりますが、しかし!考えてみると、アメリカの大金持ちだって、ボツワナにサファリに来るんだから、1万ドルな んて、そういう人たちにとっては、吹けば飛ぶような金額だもんね。

われらワイルドドッグツアーが利用するところは、それよりもグッと庶民的で、

Trailblazers1117

こんな感じ。これで十分だよねえ。こんなものも見られるし。

Ostrich1117

なんだか、いそいそ、どこかにお出かけという様子でした。

Trailblazers11172

こんな夕焼けを背景に、簡単に作る割にはよくできた夕食(大きなフランクフルトを焚き火で焼くと、少し焦げて旨い!)も済み、喰った喰ったーと、お 腹を叩きながら焚き火を囲む一堂。そこへイギリス人女性2人組の1人、ジョージーナがギターを持って来た。

ギターを入れてバックパックのように背負えるようになっているケースがあって、それを背負って旅行しているのでした。ジョージーナとヘレンは学生時 代の友人で、2人で組んで、ギターを弾きながら歌っていたんだって。ヘレンはいかにも趣味という様子で、ギターの指使いを練習したりしているんだけど、 ジョージーナの方はギターも歌も、とっても上手なので、「今もミュージシャンなの?」と聞いたら、とんでもハップンで、彼女は弁護士。歌える弁護士なの だ。すんごい長身のヘレンは(183センチ)旅行代理店にお勤め。

ちょっとハスキーなジョージーナの歌声と共に、夜は更けて行くのでありました。

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